2019.01.28

【イップスの深層】森大輔が引退後に
初めて味わった一軍マウンドの感慨

  • 菊池高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by ©Yokohama DeNA Baystars

 そして森もまた、野球の現場から離れていない。地元の少年野球チーム・山王クラブで監督を務めているのだ。森は「小学生はイップスどうこうという以前の段階です」と笑う。

「勝負事なので強いチーム、弱いチームは出ますけど、僕は目先のことより子どもたちの『自分がどこまでできるか?』という挑戦を応援したいんです。プロも学童野球も、うまくなる選手は自分で練習できる選手。いち早く自分自身のことに気づいて、どこまで野球を好きになれるか。たとえ小学校で伸びなくても、中学、高校で気づいて花を咲かせてくれたらそれでいいんです。それが結果的に、プロ野球への貢献になるはずだと信じていますから」

 森は今でも、あれほど苦しんだプロ野球への「忠誠」を口にした。野球さえなければ、イップスになることもなかった。苦しむことも、涙を流すことも、情けない思いをすることもなかったはずだ。だが、森はすべてを受け入れた。

「イップスは決して小さな悩みではありません。でも、イップスになった人は、そこからがスタートだと思ってほしい。自分をどこまで高められるのか、突破できる前向きさを持ってほしい。僕は克服できませんでしたが、イップスにならなかったら今の自分はいません。困っている人を助ける仕事ができるし、嫁さんや子どものことも大切にできる。野球をやっていてよかったと思っています」

 野球をやっていてよかった──。森大輔のこの言葉を聞くために、はるばる能登半島までやって来たような気がした。

 2015年6月6日。森は横浜スタジアムのマウンドに立った。

 その日、横浜スタジアムでのDeNA対西武の一戦は、森が在籍する医療機器メーカー・白寿生科学研究所による冠試合だった。副社長の発案で、森は始球式の投手を務めることになったのだ。

 プロ生活のほとんどを二軍で過ごしたため、一軍のマウンドに上がるのはこれが初めてだった。

「こんな場所なんだな……」