クビ覚悟から侍ジャパンへ。楽天・田中和基は独特の発想で飛躍した (2ページ目)

  • 田口元義●文 text by Taguchi Genki
  • photo by Getty Images

 田中は担当スカウトの沖原佳典にこう言われた。

「お前の一番いいところは右でも左でもフルスイングできるところだ。プロのピッチャーはレベルが高いけど、それだけは貫け」

 1年目から沖原の助言に従い、打席に立てば目一杯、バットを振った。だが、結果が伴わない。田中が一軍で59試合に出られたのは、50メートル最速59の足と堅実な守備があったからだった。

 思い切りのいい打撃は魅力だ。ただ、それ故に粗さも目立った。二軍時代から田中を指導する栗原健太打撃コーチが説明する。

「タイミングの取り方が上手じゃなかったんです。動き出しからステップのタイミングがバラバラでね。バットを振る力は申し分ないんですけど、それができなかったからボールをしっかり見極められなかった」

 野球選手とは、たったひとつのきっかけで化けることがある。

 打者で言えば、バットを構える角度やトップの位置、足の上げ方などがそれにあたるが、田中の場合はステップだった。池山隆寛二軍監督(当時)の勧めで試したノーステップ打法が、フルスイングを身上とする田中にハマった。

 変化を受け入れた理由ははっきりしていた。ある時、田中がこう漏らしたことがある。

「『もう今年で終わりだな』と思って......」

「さすがにそれはないでしょ」と返すと、田中は「いやマジで。本当に、クビを覚悟していましたから」と真顔で言い、こう続けた。

「二軍でも打率が1割台だったし、一軍に上がったのだってケガをしたオコエ(瑠偉)の代わりでしたからね。上がっても打てる気がしなかったんで、『だったら割り切ろう』って。思い切りスイングをして、ダメだったらダメでしょうがないだろうって」

 この時点で田中が学び、試そうとする意志は、貫くことへと変わっていた。

 打席では、対峙する投手タイプに合わせてバットを短く持つなどの微調整はする。それは、どの選手にも言えることではあるが、栗原コーチは「田中には修正能力がある」と、彼の本質を高く評価する。

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