プロを選ばず高校野球の名将へ。
鍛治舎巧は母校で「革命」に取り組む

  • 元永知宏●取材・文 text by Motonaga Tomohiro
  • photo by Kyodo News

プロ野球を選ばなかったから世界が広がった

 甲子園を沸かせた球児は東京六大学のスターになり、社会人野球の監督として選手を育てた。社業に復帰してからはパナソニックの役員まで勤め、その後は高校野球の監督として甲子園で3季連続ベスト4に進出した。

10代からさまざまな分野で結果を残し続ける男は、「プロ野球を選ばなかった」決断をどう振り返るのか。

「人生が広がりましたね。大きな企業で宣伝・広報、グローバルブランド戦略の仕事までできました。世界中を走り回って、ゴルフの石川遼選手、サッカーのネイマール選手の契約にも携わった。2020年のオリンピック・パラリンピックの開催都市が東京に決まった瞬間には、IOC(国際オリンピック委員会)のジャック・ロゲ会長のすぐ近くにいたんですよ」

 67歳になった鍛治舎は今、母校である県立岐阜商業の野球部監督を務めている。年齢を考えれば、おそらく母校が最後の戦場になるだろう。

「野球部は94年の歴史があります。あと6年で創部100周年。これまで甲子園で挙げた勝利数は87で、公立高校では全国で1位です。次の100年で100勝できる基盤をつくりたい。強豪私学と互角に渡り合って、いつでも日本一を狙えるチームの基礎をつくるのが私の役割です」

データを使って選手の心に火をつける

 鍛治舎が指揮をとった秀岳館には、優秀な人材が県外からも集まってきた。充実した設備、環境のなかで選手を鍛え上げ、勝利をつかんだ。いろいろな制約のある公立校の県立岐阜商業で、これまでと同じやり方をすることはできない。伝統校は伝統があるがゆえに勝てなくなっている。時代に即した練習、選手たちの気質に合ったチームづくりが求められているのだ。

 甲子園で3回のベスト4進出を果たした鍛治舎の言葉には選手を動かす力がある。
「練習の内容では日本一のチームに負けていない。『短い時間で機能的に動いている分、うちのほうが上だから、自信を持て』とハッパをかけています。甲子園で勝てる練習をしているんだから、あとは結果を出すだけだ、と」

 自信を持てと言われても、実績のない選手には難しい。鍛治舎はデータを使って選手の心に火をつける。

「やっていることが正しくても結果がともなわなければ自信は生まれません。だから、指示はすべて数字で出します。普通、スピードガンは他校の偵察用ですが、うちは練習で使います。球速を測るだけでスピードが上がるんですよ。意識するだけでパフォーマンスが変わる。ピッチャーには『マックスは130キロ台でもいいから、90キロのボールを作れ』と言っています。40キロの差があれば打ち取れるから。マックスを伸ばす練習をしながら、緩急の差を大きくするように」

 全寮制の強豪と比べれば練習時間は半分以下、平日は4時間ほどしか許されていない。

「選手たちには『練習の時間革命を起こそう』と言っています。そのために、削るところをバサッと削って、大事なところに集中する。簡単に言えば、掛け算・割り算の世界。足し算・引き算ならひとりくらいサボっても大丈夫なんだけど、掛け算・割り算だとゼロがひとりでもいれば全部がゼロになる。だから、選手たちとコミュニケーションを密にして、いろいろな話をしています」

 監督就任から4カ月、今年夏の岐阜大会は、3回戦で市立岐阜商業に敗れた。センバツ出場のかかった秋季岐阜大会では準決勝で敗れた。だが、まだ「革命」は始まったばかりだ。

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元永知宏(著)

発売日:11月7日
出版社:イースト・プレス
価格:1500円+税

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