2018.09.27

広澤克実が西武戦を語る。IDとは
視点の変更。優勝の原動力は古田だ

  • 長谷川晶一●取材・文 text by Hasegawa Shoichi

日本一の瞬間は、「本当に勝ったのかな?」という不思議な感覚

――1回表に広澤さんのホームランで3点を奪ったものの、1回裏、すぐに清原和博選手の2ランで、3-2と追い上げられました。

広澤 まったく勝ってる気がしなかったですね。だから、1回裏が終わった段階からアウトカウントを指折り数え始めたんです。野球って9回27アウトを取れば勝ちでしょ? だから、1回裏が終わった時点で「残り24アウトだ」って。そこからイニングが終わるたびに、「あといくつ」って数えていたのを覚えていますね。

――8回表には、広澤さんのショートゴロの間に1点を追加します。三塁走者の古田敦也選手が生還。前年の広澤さんのスライディングを教訓にして生まれた「ギャンブルスタート」を成功させました。そして、4-2でスワローズが日本一に輝きます。

広澤 優勝の瞬間、僕はマウンドの高津(臣吾)の下に駆けつけるのが少し遅れているんです。というのも、いつも僕は確認をしちゃうんです。「えっと、ツーアウトだったから、今のアウトでスリーアウトだな。ということはゲームセットだ、日本一だ」って。1992年の日本シリーズ初戦で、杉浦(享)さんが代打サヨナラ満塁ホームランを打ちましたよね。あのときも、「延長戦、裏の攻撃で杉浦さんが打った。ということはサヨナラ勝ちだ」って、確認してからベンチを飛び出しました。ホントはまだ勝っていないのに「うわー!」ってやったら笑いものだからね(笑)。

日本一の瞬間を語る広澤氏 photo by Hasegawa Shoichi――前年の屈辱を経て、「今年こそ」の思いで臨んだ1993年日本シリーズ。リベンジを果たした瞬間はどのような心境になるものなんですか?

広澤 「本当に優勝したのかな?」という不思議な感情に包まれたまま、野村さんを胴上げしました。そして、少し落ち着いた後の表彰式のときに、「あっ、勝ったんだな」って実感して、すこしウルっときましたね。野球人生の中で最高に幸せだった、感極まった一瞬でした。その後に私はジャイアンツ、タイガースに行くけど、どちらも主力ではなかった。だから、この第7戦が野球人として本当の絶頂だったと思います。今から考えればね。