「そんなものに負けてたまるか」
西武の石毛宏典はID野球に反発した

  • 長谷川晶一●取材・文 text by Hasegawa Shoichi

――当時のライオンズナインの意識の高さがうかがえますね。

石毛 特にレギュラー連中は、みんな意識が高かったですよ。「仕事は休んじゃいけない」という雰囲気でしたから。だからレギュラーが固定したし、それによってバックアップの選手たちも固定する。そうなれば、自ずと自分たちの役割も決まってくる。代走、代打、守備固め。あるいはリリーフにしても、自分の仕事が決まればミスも減るわけです。そういうところが機能的に働いたんでしょうね。

――そういうチーム事情だと、混戦を制してようやく14年ぶりにセ・リーグ優勝を決めたヤクルトのことは、格下のように見えたりはしなかったのですか?

石毛 それはないね。さっきも言ったけど、日本シリーズは簡単に勝てるものではないということを俺たちは知っていたから。浮ついた気持ちはなかったし、ヤクルトが強いとか、弱いとかは関係なかった。

1992年シリーズで忘れられないのは、石井丈裕の一打

――では、具体的に1992年シリーズから伺います。この年のスワローズは岡林洋一投手が初戦、4戦、7戦に先発。いずれも完投し、3試合で30イニングを投げています。

石毛 岡林はすごかったね。彼はシュートピッチャーなのかな? 実際に打席に入ってみたら、事前に見た映像よりも食い込んでくる印象がありました。ただ、俺の場合は最初からデータにはとらわれていなかったから、「あっ、こういうボールなんだ。じゃあ、こうやって打とうか」と、試合を通じてアジャストしていきました。

当時の映像を見ながら日本シリーズを振り返る石毛氏 photo by Hasegawa Shoichi当時の映像を見ながら日本シリーズを振り返る石毛氏 photo by Hasegawa Shoichi――石毛さんは現役時代に、全11回も日本シリーズに出場していますが、短期決戦の心得のようなものはありますか?

石毛 日本シリーズの場合は、成績が給料に反映されるわけではないから、たとえ打ち取られても、「しゃあないや」と切り替えることですね。1戦終わったら、すぐにリセット。でも、その中で得た情報はきちんと次に生かす。その積み重ねかな。

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