2018.09.12

愚直に挑戦し続けた大家友和。
自身の壮絶野球人生を選手育成に活かす

  • ブラッド・レフトン●文 text by Brad Lefton
  • photo by Jiji Press Photo

 その後、再び日本の独立リーグでプレー。2016年にボルティモア・オリオールズとマイナー契約を結び、翌年のキャンプに参加するも戦力外通告。このとき大家は、「ナックルボールのおかげで選手としてやり切ることができた」と判断して、現役を引退した。

 最後までナックルボーラーとしてメジャーのマウンドを踏むことはかなわなかったが、あと一歩のところまで上り詰めた努力と忍耐は賞賛に値する。

 日本でわずか1勝しか挙げられなかった投手がマイナーから這い上がり、メジャーで51勝を挙げるまでになった。この数字は、メジャーのマウンドを経験した日本人43投手のなかで7番目に多い勝利数である。どんなときも自分の可能性を信じ、愚直に挑戦し続けてきたからこそ、成し遂げることができたのだ。

 NPBの実績は乏しいが、大家にしか語れない豊富な経験がある。大家によって、ひとりでも多くの選手が自らの可能性を伸ばしてほしいと願う。

関連記事