2018.08.07

【イップスの深層】「内海哲也以上の逸材」
が歩んだ転機までの軌跡

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Kyodo News

 守備には難があったが、もともとコントロールはよかった。野球を始める前から、地面に置いた空き缶に石をぶつける遊びをしていたことがよかったのかもしれない。森は投手を任されるようになり、小学6年時にはエースで4番打者になっていた。

 しかし、中学は「腐っていました」と本人が振り返るように、何もいいことがなかった。

 中学の軟式野球部に入ったが、両ヒジ、両ヒザの成長痛でまともに動けない。それなのに周囲からは「仮病」と見なされ、指導者もまともに取り合ってくれない。そんな状態で10キロの走り込みを課せられ、同級生からはイジメにあった。「筆箱に残飯を入れられたりしましたね」と森は明かす。勉強もまるでできなかった。

 心身ともに塞(ふさ)いでいた中学では控え投手。当然、強豪からの誘いもなかった。地元に志望校があり、その野球部の監督に入りたいと希望を伝えると「野球と勉強、どっちを取る?」と聞かれた。正直に「野球です」と答えると、「ならウチより七尾工業がいいよ」と言われた。体よく断られたのだ。

 誰からも求められることなく中学3年間を終えた森の運命が変わったのは、七尾工業に入学してからのことだった。

(つづく)

※「イップス」とは
野球における「イップス」とは、主に投げる動作について使われる言葉。症状は個人差があるが、もともとボールをコントロールできていたプレーヤーが、自分の思うように投げられなくなってしまうことを指す。症状が悪化すると、投球動作そのものが変質してしまうケースもある。もともとはゴルフ競技で使われていた言葉だったが、今やイップスの存在は野球や他スポーツでも市民権を得た感がある。

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