名コーチが語るプロ野球のサインとは、
「大事な局面で施す隠し味」

  • 木村公一●文 text by Kimura Koichi
  • photo by Kyodo News

 ただ、近鉄時代の梨田昌孝監督は、すべて自分で出していた。人に任せたがらず、パパッと自分で出していたから、コーチとして楽だった。

 ベンチからのサインだが、イニングによって変わることが多い。前述したように、ベンチは相手から常に見られており、同じサインを1試合使うにはリスクがある。ただ、変えるのはキーだけで、たとえば肩を触ったあとが本当のサインだとすれば、奇数イニングはそのキーとなる肩を帽子に変えたりする。

 こうしたサインは、ベテラン、新人に関係なく、全員が覚えなくてはならない。とくにルーキーは、キャンプ中盤の実戦形式の練習が始まる頃、ホテルに戻って夜間ミーティングなどで徹底的に教え込まれる。

 教官は三塁ベースコーチだ。いろんなパターンで出し、選手になんのサインかを言わせる。ただ三塁ベースコーチも、長年やっているベテランならいいが、今年からというコーチもいる。とくに若手のコーチで初めて三塁コーチを任される者は、それこそキャンプ中はホテルにこもって、鏡に映る自分の姿を見ながら練習を重ねているはずだ。肩、帽子、ベルトなど、触れるべきところをしっかり触れているか、テンポよくできているかなど、寝る時間を削って励んでいるわけだ。

 よく「サインを覚えるのは大変か?」「見落としは多いのか?」といった質問を受けるが、これはセンスというか、"野球脳"のある選手はすんなり習得するし、試合での見落としも少ない。その基本にあるのは、「展開をいかに理解しているか」という点にある。イニング、点差、打順、カウントなどが頭に入っていれば、選手の方からベンチの指示を予想できるようになる。当然のことだが、それぐらいでなければプロで生き残ることは難しい。

 こうしたプロ野球の攻撃用のサインだが、1試合でいくつぐらい出されていると思われるだろうか。ごく平均的な試合展開なら、3つがせいぜいだろう。競った試合であっても、5つぐらいだろうか。言い換えれば、原則的には選手の力量によって試合は動いているといえる。ベンチの指示、つまりサインはそうした展開で極めて大事な局面のときに施す、いわば隠し味のようなものなのかもしれない。

(つづく)

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