【イップスの深層】野球のプレーは、どこまで「自動化」できるか? (2ページ目)

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • 小池義弘●写真 photo by Koike Yoshihiro

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 土橋は人並外れて手首に力があったため、下半身の力を使わず、手首に頼ったスローイングをしていた。そのためボールを強く引っかけ、暴投になるケースが多かった。つまり、もともと「自動化」ができているとは言いがたかった。

 外野手を経験したことで下半身の重要性に気づいた土橋は、いろいろな工夫で暴投を減らすことに成功する。そして、土橋勝征という稀代のバイプレーヤーは誕生した。

 石原に土橋の症例について聞くと、こんな答えが返ってきた。

「イップスは細かい運動の調節がしやすいヒジから下の部分を使おうとしすぎる特徴があります。きっかけの多くは失敗に対する不安など、心理的な要因です。土橋さんも、『手首の意識が強いこと』、『先輩とのプレーで心理的なストレスを感じたこと』など、イップスの選手に多く当てはまる特徴が見られますが、イップスの判断基準自体が曖昧なため、イップスであったかどうかは定かではありません」

 イップスの兆候も見られるが、断言できるほどでもない。イップスだったとしても、軽度の症状だったと考えられるという。

 土橋自身が「イップスではない」と考えるに至った背景には、実際にイップスに苦しむ選手を見てきたことがある。

 現役引退後、土橋は2007年からコーチに就任するのだが、ヤクルトの二軍にはイップスに苦しむ若手選手がいた。打撃力はあるだけに、あとは守備さえ最低限できれば......。しかし、練習ではある程度改善できても、試合になるとその選手のスローイング動作はとたんにぎこちなくなった。

 土橋は言う。

「たとえプロで意識が変わっても、高校までに染みついてしまったクセはなかなか直りません。今はやたらと『長所を伸ばそう』という風潮がありますよね。長所を褒めて伸ばして、短所には目をつぶる。でも、それはラクなんですよ。早い段階でクセを直せていれば、のちの人生でツケを払うようなことにならないと思うんです」

 多くのイップス経験者は「考える間(ま)が苦痛だった」と口にする。間一髪のプレーは体の反応で処理できるが、余裕のあるプレーでは「思考」が入り込む余地がある。

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