松坂大輔が勝った日。森監督と交わした
「昭和みたいな男たちの会話」

  • 石田雄太●文 text by Ishida Yuta
  • photo by Kyodo News

 つまりは、最後まで行けと冗談で言った森監督は、松坂が何も言っていないのに「無理です」というフレーズを聞いた気になっていたのである。いわゆる"阿吽(あうん)の呼吸"というヤツだ。

 いまどき、交代を打診したときにその申し出に逆らって続投を直訴し、それが実現する、などという監督とピッチャーの関係はあまり聞いたことがない。昭和のプロ野球では珍しくもない話だったのに、よくも悪くも今はそういう関係がドライになっているのだろう。昭和の匂いがぷんぷんする森監督と松坂には、そういうエピソードがやけに似合う。

 試合中もこんな場面があった。

 3-0とドラゴンズがリードした5回表、ベイスターズの攻撃。

 先頭の戸柱恭孝(やすたか)の打ったゴロが二遊間に転がり、これが内野安打となる。ワンアウトのあと、大和、筒香嘉智を続けて歩かせたワンアウト満塁のピンチで、松坂は4番のホセ・ロペスをサードゴロに打ち取った。これでツーアウトとして、バッターボックスに5番の宮﨑敏郎を迎える。この日の宮﨑は松坂のカーブ、スライダーを立て続けにヒットにしていて、この場面は緩い変化球を投げにくい状況にあった。

 初球、膝元を狙ったカットボールが外に外れる。

 2球目も同じところへ投げたカットボールが浮いて、ボールツーとなった。

 3球目、キャッチャーの大野奨太が今度は外に構える。アウトローを狙ったカットボールは低く外れて、スリーボール、ノーストライクとなったところで、松坂はマウンドの前でキャッチャーの返球を受け取ると、プレートを通過。そのままマウンドの後方でユニフォームの裾を直すふりをして、間を取った。松坂がこう言っていたことがある。

「僕には、僕とは別の視点で松坂大輔を見ている"もう一人の自分"がいるんです。僕が『ここはこうしよう』と思っても、もう一人の自分が『いやいや、違う、ここはこういった方がいい』と言ってくる。こんな話をすると、一人でブツブツ言ってるおかしなヤツだと思われちゃうんですけど(苦笑)、でも、僕はいざというときはそういうことを必ずやって、こういうタイプのバッターに、こういうケースではどういう球を投げるべきかということを確認しています」

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