2018.04.24

松坂も続くか。プロ野球「記憶に残る
復活投手」ランキング1位~5位

  • キビタキビオ●文 text by Kibita Kibio
  • photo by Kyodo News

4位 遠藤一彦(元大洋)

【ケガの内容:右足アキレス腱の断裂】
【復帰後の主な成績:5年119登板、18勝30敗28セーブ】
【獲得タイトル:1990年・カムバック賞】

すべてのファンが息をのんだ走塁中のアキレス腱断裂

 投手のケガは投げすぎによるものばかりとは限らない。

 1983年に沢村賞を受賞するなど、1980年代に速球とフォークボールを駆使するピッチングで勝利を重ね、「巨人キラー」の異名をとった遠藤一彦。1987年10月3日の巨人戦も、1-0とリードして5回表の大洋の攻撃を迎えた。

 ところが、遠藤が走者として二塁から三塁へ向かう途中に、右足アキレス腱を断裂する大ケガを負ってしまう。片足ケンケンで崩れるように三塁ベースへ飛び込み、激痛に悶える遠藤の姿に、後楽園球場の大観衆、全国中継を見ていた視聴者の誰もが言葉を失った。

 アキレス腱を手術した遠藤は、2カ月に及ぶ入院生活と、懸命なリハビリを経て翌1988年に復帰した。先発としては、その年に5勝12敗、1989年も2勝8敗と低迷したが、1990年に「抑えの切り札」に抜擢されて復活。21セーブを挙げてカムバック賞を受賞している。

 1992年の現役引退試合もやはり巨人戦で、2回を無失点で有終の美を飾った。その試合は「横浜大洋ホエールズ」としての最後の試合でもあり、横浜スタジアムに詰めかけた満員のファンが別れを惜しんだ。
 
 試合中のプレーで大ケガを負った投手としては桑田真澄(元巨人・パイレーツ)も印象深い。1995年6月の阪神戦で、バントの小フライを捕ろうとダイビングキャッチを試みた際に、右ヒジを地面に強打。検査の結果、側副靭帯が断裂していることが判明したためトミー・ジョン手術を受けた。

 リハビリを経て復帰したのは2年後の1997年。遠藤と同じく、勝利を目指した全力プレーで負ったケガからの復活が大きな感動を呼んだ。