焼肉は1回10万円以上。川崎憲次郎が明かす「プロ野球とお金」の話

  • 元永知宏●取材・文 text by Motonaga Tomohiro
  • photo by Kyodo News

「プロ野球で1億円稼いだ男のお金の話」 川崎憲次郎(前編)

 昭和のプロ野球では年俸1000万円が一流選手の証(あかし)だった。それが3000万円になり、1億に上がっていき、現在では、4億円以上の年俸を稼ぐプロ野球選手が何人もいる。  

 しかし、プロ野球選手には選手寿命がある。どんなすばらしいスターも衰えと無縁ではない。能力や成績が年俸に見合わないと判断されれば戦力外を通告され、移籍先が見つからなければユニフォームを脱ぐことになる。そのときには当然、年俸はゼロになる。  

 プロ野球で「天国と地獄」を経験した元プロ野球選手に、お金にまつわる様々な話を徹底的に聞くシリーズ企画。第2回に登場してもらうのは、ヤクルトスワローズで沢村賞、日本シリーズMVPを獲得した川崎憲次郎氏。

 1980年代のスワローズ黄金期を支えた川崎氏に、年俸交渉の難しさ、年俸以外に手にする賞金、選手のお金の使い方に関することを聞いた。

(第1回>契約金2千万円が実は300万円。 GG佐藤が明かす「プロ野球とお金」)

1993年の日本シリーズで力投する川崎憲次郎1993年の日本シリーズで力投する川崎憲次郎

──プロ野球の場合、シーズンオフの契約更改のあとに、選手の推定年俸が発表されます。あの数字は正しいですか。

川崎 僕の場合はだいたい合っていました。記者が僕のところに取材にきますが、どうやら球団の担当者にも話を聞いているみたいですね。スワローズの場合、報道発表はほぼ正しかったんじゃないですか。

──川崎さんは1988年ドラフト会議で、読売ジャイアンツとスワローズに1位指名され、抽選の末にスワローズに入団しました。契約金は6000万円、年俸は480万円と報道されました。

川崎 当時は高卒ルーキーの上限がその金額と言われていました。実際にはもっともらった人もいるかもしれませんが、僕はぴったりその数字でした。

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