2018.01.25

【イップスの深層】中根仁が証言
「木塚はイップスを認めずに克服した」

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Kyodo News

連載第12回 イップスの深層~恐怖のイップスに抗い続けた男たち
証言者・中根仁(4)

(前回の記事はこちら)

2003年に現役を引退し、その後はスカウト、打撃コーチなどを務めた中根仁氏 とあるローカル球場での高校野球の試合中――。どこにでもある日常にひびが入ったのは、投球をキャッチした捕手が投手に返球しようとした刹那(せつな)のことだった。

 両ヒザを地面に着けたまま、白球を握った捕手が右手を上げる。ところが、捕手は右腕を振り下ろしながら本来離すべきタイミングでもボールを離せず、そのままバランスを崩して前のめりに倒れてしまった。

 この光景をバックネット裏で見つめていた中根仁は「嫌なものを見てしまった……」と、冷や汗をにじませていた。15年間の選手生活を終えた中根はベイスターズの球団スカウトに転身し、高校野球の視察に訪れていた。現役時代に送球イップスと戦い続けてきた中根にとって、この捕手の挙動は他人事ではなかった。

「プロにもこういうキャッチャーがいましたからね。(返球するため)普通なら左足を前に出して投げるのに、右足を前に出して投げたり、タイミングが定まらなくてホームベースの前まで歩いてしまって『はよ投げぇや!』とヤジられたり……」

 ボールが指から離れない――。これもまた、イップス特有の感覚だろう。中根はこの高校生捕手を目当てに球場を訪れていたが、返球中に倒れ込むシーンを目撃して「プロでは難しいかもしれないな」と感じた。

 中根はこの捕手以外にも、イップスを理由に獲得を見送った選手がいた。

「バッティングが素晴らしい大学生ショートがいてマークしていたのですが、どうもスローイングが危ない。イップスの気(け)がある選手は、ボールの離し方を見るとわかるんです。だいたいフィニッシュで手のひらが『パー』になりますよね」

 自身がイップスを経験しているだけに、無意識のうちに他人のイップスにも敏感になっていた。そんな中根にとって救いになったのは、くだんの高校生捕手がのちにプロ入りし、別のポジションにコンバートされ成功を収めたことだった。

 2年間のスカウト生活を経て、中根はコーチとして現場に復帰する。8年間のコーチ生活でも、さまざまなイップスの選手を見てきた。