光山英和コーチが手がけたDeNA捕手陣、球界ワーストからの大改造 (5ページ目)

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki
  • photo by(C)YOKOHAMA DeNA BAYSTARS

 FA補強の失敗が続き、11年には再び細山田を登用。オフには武山が西武に移籍し、巨人からFAの鶴岡一成が古巣復帰を果たす。同時に、高校出ルーキーの髙城も大抜擢され45試合に出場。ついに将来を見据えた"英才教育"が施されていくのかと思われたなか、14年1月、鶴岡はFA久保康友の人的補償で阪神に移籍。同年は黒羽根が開幕スタメンで100試合以上に出場したが、それでも続いていかずに15年の惨状につながった。

 そうして、光山のバッテリーコーチ就任が発表される直前、15年のドラフト。球団は「社会人屈指の捕手」と評された戸柱恭孝を4位で指名する。翌年2月のキャンプ、初めて戸柱を見た光山は「この新人、そこそこいけるな」と思ったという。

「日々、キャンプで戸柱と接していくと、もう毎日、伝えたことを吸収するんですよ。それが次の日にできる、あっ、これも次の日にできる。その吸収力は、乾いたスポンジのようでした」

つづく

(=敬称略)

◆山本昌はDeNAドラフト1位・東克樹をこんなに高く評価していた>>

◆山﨑武司はDeNAドラフト8位・楠本泰史の打撃にこうアドバイスしていた>>

「貧打のカープを変えた石井琢朗コーチの言葉」連載第1回目から読む

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