2017.08.15

【イップスの深層】
サイドスロー転向の
一二三慎太が見せた甲子園の奇跡

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • 大友良行●写真 photo by Ohtomo Yoshiyuki

 チーム打率.371と打線の援護にも助けられながら、一二三はエースとして神奈川大会を投げ切り、優勝を飾る。当時の東海大相模にとって、夏の甲子園出場は実に33年ぶりという、重い扉だった。

 甲子園でも「投げてみないとわからない」状態は続いた。初戦の水城戦では8四死球と不安定な内容ながら辛くも勝利すると、続く土岐商戦では1安打完封と快刀乱麻の投球を見せる。一二三は「土岐商戦はバチバチ指にかかっていました。でも、日によって(感覚が)違うので、わかんないんですよ」と振り返る。そして、「今だから言えることですけど」と前置きした上で、こんな本音を漏らした。

「甲子園で勝ったら、普通なら『よっしゃ!』ってなるじゃないですか。あれだけきつい思いをしてきたわけですから。でも僕は『また次もあるんか......』と思っていました。うれしかったのは、甲子園出場を決めたときだけでしたね」

 フォームも体もすでにボロボロ。しかし、皮肉にも東海大相模の強力打線と、決定打を許さない一二三の類まれな投球センスが負けることを許さなかった。こうして、東海大相模は決勝戦まで勝ち進む。決勝戦の相手は、沖縄の招待試合で戦った興南。一二三がイップスから抜け出すためにフォームを真似た、あの島袋と投げ合うことになったのだ。もはや奇縁としか言いようがない巡り合わせだった。

 しかし、一二三はもう限界だった。

「肩の痛みがピークで、指にバチンとかかる感覚も減っていました。もう2回には、マウンドに上がって『きついな......』と思った記憶があります」