2017.06.30

【イップスの深層】
解雇寸前の岩本勉をエースに改造した
2人のコーチ

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Kyodo News

 同年7月、岩本はプロ初勝利を1失点完投でマーク。さらに登板機会を重ねて、5勝7敗ながら規定投球回をクリアし、防御率3.07と好成績を挙げた。そして、岩本はある確信を得る。

「自分で『イップスを越えたんや』と言えるようになりました。それが自分の強さになった。困ったら目をつぶって投げればいいんやからと。全部自分の味方にしましたね。それからは人にも『イップスを克服したで!』と言うようにしたんです」

 1996年には初の2ケタ勝利をマーク。1998年には11勝、1999年には13勝を挙げ、日本ハムのエースとして活躍。ヒーローインタビューでの「まいど!」のマイクパフォーマンスで、岩本は全国区の人気者になった。

 いろんな発見があり、見えてくるものがあった。そして目についたのは、若き日の自分の傲慢さだった。プロ入り1、2年目の頃は指導者のアドバイスにろくに耳を傾けず、「失敗したら誰が責任取ってくれるんですか?」と不遜な態度で反抗したこともある。しかし、イップスによって解雇寸前まで追い込まれたことで、岩本は指導者のアドバイスを素直に聞き入れるようになっていた。

「こういうことか、と思いながらやっていくうちに、気づいたんです。『今までのコーチも同じことを言ってくれてたやん』と。遠回りしたように聞こえるかもしれないですけど、僕は”野球思春期”として必要な時間だったんやと思ってます。でも、クソ生意気でしたから『殺したろか』と思っていた人はいっぱいいたと思いますよ(笑)」