石井弘寿、悲運のWBCマウンドも「自分の決断なので後悔はない」 (3ページ目)

  • 元永知宏●取材・文 text by Motonaga Tomohiro
  • photo by Kyodo News

──石井さんが二軍で苦しんでいるときに、2009年のWBCで日本代表が連覇を果たしました。そのニュースを聞いて、心が乱れることはありませんでしたか。

「もちろん、『すごいな』とは思いましたが、北京五輪もWBCも自分とは別の世界の出来事のように感じていました。僕はスワローズのユニフォームを着て、一軍のマウンドで投げることだけ考えていたので」

──早く復帰したいという焦りはありませんでしたか。

「2007年、2008年ごろにはありました。でも、そのあとは、自分が万全の状態で戻ることが大事なのだと考えるようになりました」

──2009年には二軍で13試合に登板しました。そのころは手応えがありましたか。

「2009年の夏過ぎには、中1日くらいで登板することができました。スピードも148キロくらいまで戻ったので、このまま地道にトレーニングを続けていけばと思っていたんです。一軍昇格の話もありましたし、秋季キャンプも順調で、2010年の春には一軍キャンプに参加しました。ところが、そこで右足親指をケガしてしまいます。

 足が治ってから、二軍の試合前、キャッチボールの前に肩のトレーニングをしているときに、力を入れた瞬間、激痛が走りました。そして腕にまったく力が入らなくなってしまったのです。腱と腱をつなぐビスが外れてしまったのかもしれないし、また腱が切れたのかもしれません」

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