7年前、メジャースカウトが受けた「高校1年・大谷翔平」の衝撃 (2ページ目)

  • 石田雄太●文 text by Ishida Yuta
  • 大友良行●写真 photo by Ohtomo Yoshiyuki

「何に驚かされたって、一番は彼のセンスと体の使い方、運動神経です。投げ方、走り方、バットを振る姿から、ピッチャーとしてのとてつもない才能を感じさせられました。体は柔らかいし、肩も柔らかい。すべての動きにセンスがあるんです。僕はメジャーのスカウトだったので、この選手はメジャーのレベルでどのあたりまで行けるのかという物差しでしか見ません。特に高校生に関しては、メジャーでそこそこ活躍するという程度の選手は獲りに行きませんでした。でも大谷くんに関しては、高1の春の時点で、これはメジャーでもとんでもない選手になるという確信がありました」

 小島はすぐ、ドジャースに対して「花巻東高校の大谷翔平は投げること、打つこと、どちらも日本の歴史の中でナンバーワンの選手になる」というスカウティング・リポートを送っている。以降、小島は大谷をマークするため、花巻へ通い詰めることとなった。

 東海大高輪台高からドラフト外で巨人に入団した小島は、プロ6年目の1992年、リリーフとしてプロ初勝利を挙げると、わずか10日間で3勝を挙げ、俄然、注目された。しかしその直後に腰を痛め、二軍落ち。巨人を退団後、左ヒジの靱帯を再建するトミー・ジョン手術を受けた。執刀医はフランク・ジョーブ博士。桑田真澄が手術を受けた4カ月後、小島は桑田と同じ病院で同じ手術を受けていたのである。

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