2016.12.19

90歳の球友が明かす、
根本陸夫「若き日の武勇伝」の真相

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki

「タクシーを降りて官舎に行く間、根本が踊ってるわけ。うれしかったのか、歩きながら踊ってる。その性格がね、中学の頃と変わらないなと。監督なんだから、普通は偉そうにするか、すましているか、どっちかだと思うんです。でも、周りから見たら、なんだかわかんねえヤツですよね」

 エレベーターもない官舎の4階。馬目宅に着いた根本は、「これが官舎か! こんなところに住んでんのか! オレも現役のときは同じようなところにいたよ」と大声を上げた。「ちょっとだけ寄らせてもらう」と言いつつ、馬目の妻が「試合に勝つように」と作ったトンカツはじめ手料理を食べ、話は止まらず、結局、3時間近くも滞在した。帰り際、「明日の試合、何人連れてくる? 言っておくから何人でも連れてこい」と根本は言った。翌日、馬目は小学生の長男を含む6~7人の子どもたちと、10人以上の大人たちを連れて球場に向かった。

「あとでほかの人から聞いたことですが、招待した我々の入場料、ぜんぶ根本が払ったんだそうです。そのへんも普通と違いますよね」

西武監督時代の根本から馬目氏に進呈された直筆の色紙 自衛隊を定年退職した馬目が仙台で看板制作の工房を起ち上げ、根本がクラウンライター、西武、ダイエーの監督になってからも付き合いは続いた。初対面のときに小学生だった馬目の長男は、30代になっても可愛がられた。根本家からは隆子夫人の筆による年賀状が毎年届き、贈られたスター選手たちのサインと根本自筆の色紙は馬目家の宝物になっている。

 こうした付き合いの積み重ねと広がりが、日本全国に約6000人といわれた”根本人脈”を生んだのではないか。それは常識を超えた行動、普通とは違う行動が集積したものだったのかもしれない。

(=敬称略)

おわり

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