「野々村イズム」を胸に。阪神5位の糸原健斗は魂でプレーする男 (2ページ目)

  • 菊地高弘●文・写真 text&photo by Kikuchi Takahiro

 どうやら変化球の曲がり始めを叩こうという狙いがあったようだが、その天才的な感覚、打席での驚異的な反応は、一度の取材ではとうてい理解できなかった。それ以来、筆者は何度もその選手がいる島根・開星高校へと足を運ぶことになる。これが、糸原健斗との出会いだった。

 糸原は高校1年秋の中国大会で9打席連続安打という大会新記録を打ち立て、2年春のセンバツでは7打数4安打を記録するなど、すでに名の知られたアベレージヒッターだった。筆者が目撃した2年秋の時点で身長は175センチ、体重は75キロ。だが実際に目の前にすると、その数字よりも小さく感じられた。

 高校時代の糸原の武器は、何といってもその打撃力にあった。3年夏の甲子園・仙台育英戦で、1点を追う9回裏二死満塁の場面で左中間へ大飛球を放ち、仙台育英のレフト・三瓶将太の超ファインプレーに阻まれたシーンを記憶しているファンも多いだろう。

 当時、糸原は自身の打撃について、こんなことを言っていた。

「打席は『打つところ』なので、何も考えずに打とうと思っています」

 自分の打撃フォームについてのチェックポイントも、相手投手に関する情報も極力打席には持ち込まず、思考を「無」にして体の反応に任せる。それが糸原健斗という打者のスタイルであり、魅力でもあった。

 しかし、進学した明治大では壁にぶつかった。本人も「プロに行くようなレベルの投手のキレ、変化球に対応できなかった」と振り返るように、大学2年を終えた時点で通算23打数2安打と打率は1割にすら満たず。3年春のシーズンはレギュラーとして迎えたものの、開幕当初から苦しんだ。

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