「戦力外通告の男」がメジャー目前に。中後悠平が語る波乱万丈の1年 (2ページ目)

  • 谷上史朗●文 text by Tanigami Shiro
  • photo by Sportiva

 だがその2日後、ベースボールチャレンジリーグ(BCリーグ)の武蔵ヒートベアーズから話があり契約。中後は1年限定でNPB復帰を目指すつもりだった。ところが、さらにそこへMLBの3球団が興味を示してきた。

 今年1月、寒風吹きすさぶ浦和のグラウンドでテストピッチを行なうと、ダイヤモンドバックスから具体的なオファーが届いた。ただその内容は、マイナーキャンプに招待選手としてというものだった。これには、「受からなかったら、また一から。嫁さん、子どももいますし......それなら武蔵からNPBを目指す方がいいかなと思いました」と、断りを入れた。

 そもそも中後は、アメリカに憧れを持っていたわけではなく、夢のために何がなんでも......という選手ではなかった。しかしその後、再びダイヤモンドバックスから、今度はメジャーキャンプの招待選手としての話がきた。ここで中後は、武蔵の了解も得て、アメリカに渡る決心をつけた。

 ビザ取得に時間がかかり、メジャーキャンプには間に合わなかったが、4月に渡米。ルーキーリーグからスタートし、そこから順調に昇格を続け、夏場以降は3Aで13試合連続無失点(すべてリリーフでの登板)の好投。メジャー昇格目前のところでシーズンを終えた。

「エージェントからは80%くらい(メジャー昇格の)可能性があると。マイナーのチームメイトからも『間違いない』って言われていたんですけど、声がかからないまま9月5日にシーズン終了。そのときは一瞬『ポストシーズン用か』と思ったりしたんですけど、3Aで40人枠に入っている選手はシーズンが終わっても準備しているのに、僕には声がかからない。それで準備している選手らを含めて人数を数えたらきっちり40人。『こら、ないわ』となって終わりました(笑)」

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