日本復帰の3A村田透が明かした「日本ハムに入団を決めたわけ」 (2ページ目)

  • 阿佐智●文 text by Asa Satoshi
  • photo by ZUMA Press/AFLO

 つまり彼は、若い有望株やメジャー契約のリザーブ選手のため、クオリティの高い試合を提供すべく3Aの舞台に立たされていたのだ。30歳を超えた「メジャー未満3A以上」のベテランに突きつけられる現実だった。

 3Aのシーズンを9月初めに終え、しばらくアメリカに滞在。月末に帰国するも、日本滞在1週間弱で村田はウインターリーグに臨むべくベネズエラへと旅立った。10月に入り、ベネズエラでのシーズンを迎えたとき、インディアンスはワールドシリーズを戦っていた。

「たくさんの選手が一緒にやっていたので嬉しいところでもありますが、そこに入って貢献できていないのは残念でもあります」

 彼のこの言葉からは、悔しさがにじみ出ている。それと同時に、もう一度、先発投手としてやり直したいという気持ちもある。村田は常々こう口にしていた。

「どこで投げるのかにはこだわりはないのですが、特にアメリカでは、リリーフは三振の取れるパワーピッチャーが重宝されますからね。自分の適性は先発にあると思います」

 2011年の渡米以来、球速は増したが、決して「速球派」と言えるものではなかった。球のキレと変化球のコンビネーションで勝負する村田にとって、試合を作る先発という役割は「天職」であることをベネズエラで再確認したのではないだろうか。

 今季、ベネズエラでは5度登板して防御率6.43と芳しいものはなかったが、彼にとって自身が先発投手だと確認できたことでこの冬のシーズンは十分だったのだろう。その確認ができた以上、アメリカでプレーする必要はなくなったのではないだろうか。

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