2016.09.25

カープ最初の黄金期の礎を築いた
根本陸夫という男

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki
  • photo by Kyodo News

 衣笠のような若い選手の意識を変えることが、根本の狙いだった。高額年俸の助っ人を獲る補強は「小手先の芸」と断じ、本当に強いチームを作るために先を見ていたのだ。 

 一方で根本は猛練習で意識改革を促しつつ、選手のモチベーションを高める配慮も忘れなかった。プロ初勝利をノーヒットノーランで飾りながら伸び悩んでいた外木場義郎(そとこば・よしろう)は、まさに気を配られたひとり。外木場が当時を振り返る。

「監督就任が発表されたあと、会社にいる根本さんに呼ばれたんです。普通、活躍してない選手が呼ばれたらね、いよいよトレードか、と思いますよ。それで行ってみたら、『まあ、お茶でも飲むか』って言われて、なんかおかしい。そしたら、『オレは来年、監督やるけれども、お前は一軍のピッチャーとして扱うから、そのつもりでしっかり頑張ってくれ』ということで、話はそれだけでした」

 わざわざ会社に呼ばれて、面と向かって激励される。監督の熱意が伝わった外木場はあらためて練習に打ち込んだ。同じく投手の安仁屋宗八(あにや・そうはち)は、また別の形で気持ちを動かされた。安仁屋が言う。

「あのとき、僕と外木場はね、根本さんに500球、投げさせられた。1日に500球。キャンプだけじゃなく、オープン戦の間も。それだけ二人一緒に鍛えられたら、どうしても、相手のことは意識しますよね」

 猛練習を課すなかで選手間の競争心も煽っていた。そうして68年のシーズンは安仁屋が23勝、外木場が21勝を挙げて完全試合も達成。野手では開幕から5番に抜擢された衣笠が、前年まで計3本塁打だったのに一気に21本塁打と大ブレイク。球団初のAクラス入りは、有意義な補強と現有戦力の底上げによって成し遂げられたものだった。