2016.03.30

【根本陸夫伝】
頑なにダイエーの監督を拒む王貞治をくどき落とした男

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki
  • photo by Kyodo News

【人物紹介】
根本陸夫…1926年11月20日、茨城県生まれ。52年に近鉄に入団し、57年に現役を引退。引退後は同球団のスカウト、コーチとして活躍し、68年には広島の監督を務める。監督就任1年目に球団初のAクラス入りを果たすが、72年に成績不振により退団。その後、クラウンライター(のちの西武)、ダイエー(現・ソフトバンク)で監督、そして事実上のGMとしてチームを強化。ドラフトやトレードで辣腕をふるい、「球界の寝業師」の異名をとった。1999年4月30日、心筋梗塞により72歳で死去した。

王貞治…1940年5月20日、東京都生まれ。59年に早稲田実高から巨人に入団。62年に荒川博コーチの指導で一本足打法に取り組み、64年に日本記録(当時)となるシーズン55本塁打を達成。73、74年には2年連続三冠王を達成し、77年には世界記録となる通算756本塁打を放つ。80年に現役を引退。通算成績は2786安打、868本塁打(世界一)、2170打点。引退後は巨人、ソフトバンクで監督と務め、2006年には第1回WBCの日本代表の 監督として世界一に輝いた。現在はソフトバンクホークス会長。

瀬戸山隆三…1953年9月18日、大阪府生まれ。大阪市立大を卒業後、77年にダイエーに入社。ダイエー入社後、福岡ダイエーホークスに出向し、王貞治監督の招聘に尽力。96年より球団本部長、99年には球団代表に就任。下位低迷を続けていた球団を26年ぶりのリーグ優勝、35年ぶりの日本一へと導いた。04年に千葉ロッテマリーンズの球団代表、06年より同球団社長に就任。12年11月より、オリックス・バファローズ執行役員球団本部長補佐に就任。現在はオリックス・バファローズの執行役員球団本部長。

長嶋茂雄…1936年2月20日、千葉県生まれ。佐倉高校から立教大に進み、58年に巨人に入団。1年目から本塁打王、打点王の二冠に輝き、優勝に貢献。 その後も王貞治とともに「ON砲」として巨人V9に貢献し、国民的人気を誇った。74年に現役を引退し、その後75年から80年、93年から01年の計 15年間、巨人軍の監督を務めた。通算成績は2471安打、444本塁打、1522打点。

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