2016.03.20

【根本陸夫伝】
「巨人=絶対」という球界の構図を壊した男

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki
  • photo by Kyodo News

「松沼兄弟のときは、後でちょっと時間が経ってから気づくと、西武はすごく先行していたんだよね。要するに、ものすごい先を見て、先の先を見ている。まあ、根本さんには先見の明があったのかもしらんけど、先を見て、いろんな根回しをやっているんだよね。これはまた後々の、郭泰源のときもそうだったから」

 1985年に台湾から来日し、西武に入団した郭泰源。150キロを超える快速球で“オリエント・エクスプレス”の異名をとり、140キロ台の高速スライダーも武器の好投手。「先行」して獲得するきっかけは“根本人脈”だった。

 広島監督時代のコーチ、深見安博を通じて知り合った福岡の食品会社社長から、「台湾にいい選手がいる」と声をかけられたのが80年。郭泰源の存在がまだ他球団に知られていない頃。その段階から球団代表の坂井保之を中心に、西武は郭一家と密接な関係を築いていた。

「あのとき、『いいピッチャーが台湾にいる』って聞いて、行こうとしたときにはもう、郭泰源のお兄さんをはじめ周りをガッと固められちゃってね。ジャイアンツから話がいっても、なかなか動かなかったんだよ」

 もっとも、父親が中国人である王は台湾でも人気が高く、神のように崇敬され、野球人にとっては憧れの人でもあった。郭泰源獲得に向けて巻き返しを図る巨人球団にとっては、84年、監督に就任したばかりの王は切り札だった。