ダメ虎を猛虎に変えた、阪神の歴代「優良助っ人」たち (3ページ目)

  • 石塚隆●文 text by Ishizuka Takashi  小池義弘●写真 photo by Koike Yoshihiro

 ちなみにオマリーは翌年に首位打者になり、また、あまりにもヘタクソな『六甲おろし』がウケてファンからの人気は高かったが、球団から「助っ人なのに長打力がない」という理由で1994年のオフに自由契約になっている。その後、移籍したヤクルトスワローズでリーグMVPと日本シリーズMVPに輝く活躍をしていることを考えれば、高望みしすぎた首脳陣のミスジャッジと言っていいだろう。

 そして暗黒時代をようやく乗り越えた阪神は、2003年の星野仙一監督時代と、2005年の岡田彰布監督時代にリーグ優勝を遂げている。

 まず2003年に打者として18年ぶりのリーグ優勝に貢献したのがジョージ・アリアスだ。オリックス時代のアリアスのバッティングに星野監督が惚れ込んで2002年にチームに加わると、翌年は金本知憲や桧山進次郎らとクリーンナップを組み、38本塁打・107打点の堂々たる数字でインパクトを残した。

 そんなアリアスに代わって2005年に金本や今岡誠とクリーンナップを組んだのが、広島東洋カープから移籍してきたアンディ・シーツである。シュアなバッティングに加え、巨人戦では1試合3ホーマーを放つなど、チームに勢いをつける活躍が印象的だった。またファーストの守備も巧みで、この年から3年連続でゴールデングラブ賞を獲得している。ちなみに引退後は阪神の駐米スカウトとなり、さっそく現在の中核を成すマートンを見出す慧眼を発揮している。

3 / 4

厳選ピックアップ

キーワード

このページのトップに戻る