2015.09.02

【根本陸夫伝】
主力を放出してまで田淵幸一の獲得にこだわった男

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki
  • photo by Kyodo News

【人物紹介】
根本陸夫…1926年11月20日、茨城県生まれ。52年に近鉄に入団し、57年に現役を引退。引退後は同球団のスカウト、コーチとして活躍し、68年には広島の監督を務める。監督就任1年目に球団初のAクラス入りを果たすが、72年に成績不振により退団。その後、クラウンライター(のちの西武)、ダイエー(現・ソフトバンク)で監督、そして事実上のGMとしてチームを強化。ドラフトやトレードで辣腕をふるい、「球界の寝業師」の異名をとった。1999年4月30日、心筋梗塞により72歳で死去した。

田淵幸一…1946年9月24日、東京都生まれ。法政一高から法政大を経て、68年ドラフト1位で阪神に入団。大型捕手として注目され、1年目からレギュラーを獲得。22本塁打を放ち、捕手として初めて新人王に輝いた。75年には43本塁打を放ち本塁打王のタイトルを獲得。78年オフ、トレードで西武に移籍。西武でも主砲として活躍し、82、83年は日本一に貢献。84年に現役を引退した。プロ通算成績は1532安打、474本塁打、1135打点。

古沢憲司…1948年3月31日、愛媛県生まれ。64年、16歳の時に新居浜東高を中退し、テスト生として阪神に入団。71年に自身初の2ケタとなる12勝をマーク。74年には自己最多の15勝を挙げ、オールスターにも出場した。78年オフに田淵幸一とともにトレードで西武に移籍。82年には高橋直樹とのトレードで広島に移籍し、84年のリーグ優勝に貢献するも、85年は登板なしに終わり、この年限りで現役を引退。プロ通算543試合に登板し、87勝115敗25セーブ。

真弓明信…1953年7月12日、熊本県生まれ。福岡・柳川商から社会人野球の電電九州(現・NTTグループ九州野球クラブ)を経て、72年のドラフトで太平洋クラブ(現・西武)から3位指名を受け入団。78年オフに田淵幸一、古沢憲司とのトレードで阪神に移籍。85年には1番打者として打率.322、34本塁をマークするなど、球団初の日本一に貢献。95年に現役を引退。09年から11年まで阪神の監督を務めた。プロ通算成績は、1888安打、266本塁打、886打点。

若菜嘉晴…1953年12月5日、福岡県生まれ。柳川商業高から71年のドラフトで西鉄(現・西武)から4位指名で入団。77年に一軍に定着し、オールスターにも出場。78年オフ、真弓明信らとともにトレードで阪神に移籍するも82年に自由契約となり渡米。マイナーリーグの特命コーチを務め、83年に記録し、大洋(現・横浜DeNA)に入団。85年には全試合に出場するなど、正捕手として活躍。89年、無償トレードで日本ハムに移籍し、91年に現役を引退。97年から01年までダイエー(現・ソフトバンク)のコーチを務め、城島健司らを育てた。プロ通算成績は、1037安打、54本塁打、340打点。

竹之内雅史…1945年3月15日、神奈川県生まれ。鎌倉学園高から社会人野球の日本通運浦和に進み、67年のドラフトで西鉄から3位指名を受け入団。土井正博や大田卓司らとともに中心選手として活躍。78年オフに真弓明信らとともにトレードで阪神に移籍。79年は4番打者として活躍し、25本塁打を放った。82年に現役を引退し、その後は阪神やダイエー(現・ソフトバンク)などでコーチを務めた。05年には羽衣国際大学硬式野球部監督に就任。現在は同大学の総監督を務めている。プロ通算成績は、1085安打、216本塁打、606打点。

竹田和史…1950年7月4日、兵庫県生まれ。育英高から68年のドラフトで中日から6位指名を受け入団。主に中継ぎ投手として活躍し、74年のリーグ優勝に貢献。76年オフ、トレードでクラウンライター(現・西武)に移籍。78年には真弓明信や若菜嘉晴らとともにトレードで阪神に移籍するも、故障などもあって80年に現役を引退。引退後は中日のスコアラー、打撃投手を務めた。通算199試合に登板し、12勝14敗5セーブ。

山崎裕之…1946年12月22日、埼玉県生まれ。上尾高から65年に東京オリオンズ(現・ロッテ)に入団。1年目からレギュラーに定着し、長く主力選手として活躍。69年には打率.301をマークした。78年オフに古賀正明、倉持明とのトレードで成重春生とともに西武に移籍。82、83年の連続日本一に貢献。83年にはプロ通算2000本安打を達成した。84年に現役を引退。引退後は野球評論家として活躍している。プロ通算成績は、2081安打、270本塁打、985打点。

成重春生…1948年4月20日、大分県生まれ。高田高から大昭和製紙、大昭和製紙北海度を経て71年のドラフトでロッテから8位指名で入団。入団後は中継ぎとして活躍し、77年には50試合に登板した。78年オフにトレードで西武に移籍。79年はイースタンリーグで最優秀防御率のタイトルを獲得したが、一軍ではわずか5試合の登板に終わり、同年オフにトレードで巨人に移籍。しかし、巨人でも登板機会に恵まれず、80年に現役引退。通算177試合に登板し、7勝10敗7セーブ。

古賀正明…1949年4月11日、福岡県生まれ。日大三高から法政大に進み、丸善石油を経て、75年のドラフトで太平洋クラブ(現・西武)からドラフト1位指名を受け入団。1年目から先発ローテーションを担い、11勝(13敗)1セーブの好成績を挙げる。その後、ヒジを痛めて思うような結果を残せず、79年にトレードでロッテに移籍。80年にトレードで巨人に移籍し、翌81年にも松原誠とのトレードで大洋(現・横浜DeNA)に移籍した。84年に現役を引退した。通算211試合に登板し、38勝54敗8セーブ。

倉持明…1952年7月20日、神奈川県生まれ。横浜第一商業高から日本鋼管を経て、71年のドラフトでロッテから4位指名を受け入団。77年にトレードでクラウンライター(現・西武)に移籍し、79年に古賀正明とともに、山崎裕之、成重春生とのトレードでロッテに復帰。80年にパ・リーグ最多の18セーブをマーク。83年にトレードでヤクルトに移籍し、同年現役を引退。通算206試合に登板し、17勝21敗40セーブ。

野村克也…1935年6月29日、京都府生まれ。峰山高から54年にテスト生として南海に入団。入団3年目の1956年からレギュラーに定着すると、現役27年間にわたり球界を代表する捕手として活躍。歴代2位の通算657本塁打、戦後初の三冠王などその強打で数々の記録を打ち立て、不動の正捕手として南海の黄金時代を支えた。その後、ロッテ、西武でもプレイし、80年に現役を引退。引退後はヤクルトの監督として3度の日本一を経験。阪神、楽天でも監督を務めた。通算成績は2901安打、657本塁打、1988打点。

松沼博久…1952年9月29日、東京都生まれ。取手二高(茨城)から東洋大に進み、卒業後は東京ガスに入社。78年の都市対抗の丸善石油戦で17奪三振を記録。同年、ドラフト外で弟の雅之とともに入団。79年は16勝をマークし、新人王を獲得。翌年以降も先発投手として活躍し、82年の日本一に貢献。90年に現役を引退し、その後は解説者として活躍。ロッテ、西武などで投手コーチも務めた。通算成績は297試合に登板し、112勝94敗1セーブ。

松沼雅之…1956年7月24日、東京都生まれ。兄・博久と同じく取手二高から東洋大に進学。76年秋のリーグ戦で8勝をマークし、チームの初優勝に貢献。その後もエースとして活躍し、リーグ戦通算39勝を挙げた。78年にドラフト外で西武に入団。79年はルーキーながら4勝をマークすると、翌年から5年連続して2ケタ勝利を挙げた。89年限りで現役を引退。通算成績は241試合に登板し、69勝51敗12セーブ。