2015.09.02

【根本陸夫伝】
主力を放出してまで田淵幸一の獲得にこだわった男

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki
  • photo by Kyodo News

根本をひと目見た田淵は、人生観が変わると予感した

 田淵は78年11月16日、午前1時に阪神球団から電話で呼び出され、兵庫・西宮市の自宅を出た。車で1時間かけて大阪のホテル阪神に到着すると、球団専用ルームでトレードを通告された。球団としては、激しい報道合戦を避けるために深夜という時間帯を選んだのだが、田淵はその扱いに憤りを覚えて納得がいかなかった。

 当然のごとく、トレード交渉は難航した。が、最終的に田淵は、西武側の受け入れ態勢を根本に確認することを条件にトレードを了承する。すなわち、田淵の心境を変えたのは、その時が初対面の根本だった。『西武開拓史上の男たち』の記事中、田淵は根本の印象についてこう語っている。

<ひと目見て、ああこの人は頼れる人だなと思いました。この人の下でなら、散るまで、泥まみれになって野球ができるのではないか。西武に入ることで、僕の野球に対する姿勢ばかりか、人生観まで変わるのではないか。そんな気がしました>

 79年4月7日、日生球場で行なわれた近鉄との開幕戦が、新生ライオンズにとって初の公式戦となった。監督・根本は田淵を4番に据え、エースの東尾を先発させ、野村を捕手として起用したが敗れた。以来、引き分け2つをはさんで12連敗を喫して始まったシーズン――結局、最下位に終わると、根本は選手たちの前で言った。

「お前ら、なにも責任ないんだぞ。負けたのは監督のオレが無能だったからだ。責任とらないかん時はオレがとる。だから心はもう来年の方に向けてくれ」

 聞いて田淵は、<この人を来年こそ男にしてやろう>と思った。そして、そう思ったのは自分だけじゃないはず、と考えていた。

つづく

(=敬称略)

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