両親に「初休業」を決断させた、鈴木尚広19年目の「初球宴」 (2ページ目)

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • 小池義弘●写真 photo by Koike Yoshihiro

 この捕手交代を見た鈴木は、心の中でこんなことを考えていたという。

「ここで(盗塁を)成功したら勝てるだろうな。次、行ってやろう」

 昨季の盗塁阻止率リーグ1位(.395)の黒羽根がマスクをかぶった初球、鈴木は果敢にスタートを切る。

「こちらも失敗するリスクを背負わなければならないけど、成功したら向こうにとってはダメージが大きい。相手も僕が走ってくることはわかっていたし、(二塁に送球しやすいように)外角に外してくることもわかっていた。それでも僕は、ミエミエでも勝負をしようと。それまでチームもなかなか点が取れない状況もあったので、どこかで流れをつくりたいと思っていました」

 結果、鈴木は盗塁を成功させる。そして鈴木の思惑通り、DeNAの投手・小杉陽太の動揺を誘って暴投で三進。さらに打者の小林が高いバウントのゴロを叩きつけて、鈴木はスタートよくホームイン。巨人は鈴木の「足」で2点をもぎ取り、逆転勝利をあげたのだった。

 近年、「代走・鈴木尚広」の名前がコールされ、オレンジ色の手袋をはめたランナーが登場するたびに、ジャイアンツ応援席からは大歓声が湧き上がる。球場の雰囲気は一変し、グラウンド内の選手も、両軍ベンチも、場内の観衆も、テレビカメラも、塁上の鈴木に釘付けになる。「代打の神様」は毎年のように現れるが、ここまでの「代走の神様」は存在しなかっただろう。

 鈴木は7月に発売したばかりの著書『失敗することは考えない』(実業之日本社)で、<いかに自分の世界に相手を引きずり込むか――>をテーマにしていると記している。つまり、ジャイアンツファンの大歓声も、「自分の世界」をつくるのに、大きく貢献しているというのだ。

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