苦節9年。黒田博樹も認めた男・會澤翼が正捕手になるまで

  • 前原淳●文 text by Maehara Jun
  • 小池義弘●写真 photo by Koike Yoshihiro

 しかし、プロ入り後は相次ぐケガに泣かされた。2007年5月2日、ファームでのオリックス戦。二軍とはいえプロ初打席で、會澤は頭部に死球を受け病院に搬送された。2年目の春季キャンプでは、ファウルをダイビングキャッチしようとした際、左肩を脱臼。もともと脱臼癖があったため、手術を決断した。手術は無事成功したが、ボールもバットも握れない。それどころか、左肩から腕までを固定され、生活もままならない状態が続いた。結局、二軍に合流したのはシーズンが終わった9月。シーズンを棒に振った。

 奇しくもこの年、同期入団の前田が一軍デビューを果たし、9勝をマークするなど華々しい活躍を見せた。リハビリ中の會澤は、躍動する同期の姿を寮のテレビでただ見つめるしかなかった。

「今までこれだけ野球から離れたことがなかったので辛かった」

 そして3年目の2009年、會澤はようやく一軍昇格を果たし、翌年にはプロ初本塁打を放った。その後も順調に出場機会を増やしていくが、2012年にまたしても試練が訪れる。8月2日のDeNA戦で山口俊の148キロの直球を顔面に受けて昏倒。またしても救急車で病院に搬送され、戦線離脱を余儀なくされた。

 ケガだけではない。2012年、2013年には捕手登録でありながら、外野手として起用されるなど、悔しさを味わった。そのことで打力を強化。オフは無休でバットを振り続けた。さらにケガ対策のため体幹トレーニングを強化。今年1月のグアム自主トレで、腕周りや太ももは2センチも太くなった。

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