巨人番が明かす。瀕死のチームを蘇らせた「あのゲーム」 (2ページ目)

  • 増田和史(日刊ゲンダイ)●文 text by Masuda Kazufumi
  • 小池義弘●写真 photo by Koike Yoshihiro

 チーム内に動揺が広がり、雰囲気は最悪だった。

 潮目が変わったのは翌21日、交流戦2試合目の西武戦(西武ドーム)だった。2点ビハインドで迎えた9回表、二死満塁で村田修一の力のない飛球が二塁後方へ上がった。西武ドームの巨人ファンから「あ~負けた~」とため息が漏れる中、一度はグラブに収めたセカンドの浅村栄斗がライトの木村文紀と交錯。ボールが転々とする間に一気に3人の走者が生還する逆転劇となった。

 先発の大竹寛は移籍後ワーストの3回途中KO。チームは8回まで7安打を放ち、5度も得点圏に走者を置きながら1得点。13残塁の拙攻だった。試合後、原監督は「9回はみんながよくつないでくれた」と興奮気味に語り、満塁機をつくったセペダと阿部の四球を勝因に挙げた。敗れた西武の伊原春樹監督も「一死一塁で迎えたセペダは2ランでも同点。『本塁打を打たれてもいいんだから』と言ったけど、四球ではね」と嘆いた。伊原監督の休養が発表されたのは6月4日。原因はこの試合だった。「私の勝負運がない。監督が身を引いたら、いい風が吹くんじゃないか」と悔しそうに話した。就任2カ月での退任だった。

 西武の自滅を"踏み台"にした巨人は、ここからしぶとさを見せ始めた。

 5月31日のオリックス戦(京セラドーム)では、エースの金子千尋の前に9回まで無安打無得点。あわやノーヒット・ノーランの大惨事だったが、0-0で延長戦に持ち込んだ。決めたのはこの日、一軍に昇格したばかり亀井善行。引き分け目前の延長12回二死からの決勝本塁打だった。今季のハイライトとされるこの勝利もあって、2年ぶりの交流戦優勝。

橋上秀樹打撃コーチ(現・楽天ヘッドコーチ)は後に「交流戦で立て直せたのは大きかった。あの頃はバタバタしていたし、交流戦2試合目となる西武戦の勝利は大きかった」と振り返っている。

"珍プレイ"も見られた。7月11日の阪神戦(東京ドーム)で、原監督が外野の亀井を一、二塁間に守らせる「内野5人態勢」の奇策に打って出た。しかし、打球は無人の中堅へ。平凡な中飛が痛恨の2点適時二塁打となった。「練習もしていないのに、言われた時はひっくり返った」と選手も戸惑った采配が裏目に出た敗戦もあった。

 リーグ3連覇を達成したものの、その後のクライマックスシリーズ(CS)ファイナルステージでは、リーグ2位の阪神に4連敗。日本シリーズに進めない屈辱を味わった。巨大戦力を抱える巨人でも、代わりの効かない選手が明らかになった敗戦でもあった。

 今季12勝で防御率のタイトルを獲得し、セ・リーグMVPにも選出された菅野智之が10月2日のヤクルト戦で右肘じん帯の部分損傷で離脱。日本シリーズで復帰するプランも温められていたが、エースの不在を投手陣がカバーできなかった。

2 / 3

厳選ピックアップ

キーワード

このページのトップに戻る