2014.11.11

【根本陸夫伝】
記者のペースで取材をさせなかった男

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki
  • photo by Kyodo News

【人物紹介】
根本陸夫…1926年11月20日、茨城県生まれ。52年に近鉄に入団し、57年に現役を引退。引退後は同球団のスカウト、コーチとして活躍し、68年に は広島の監督を務める。監督就任1年目に球団初のAクラス入りを果たすが、72年に成績不振により退団。その後、クラウンライター(のちの西武)、ダイ エー(現・ソフトバンク)で監督、そして事実上GMとしてチームを強化。ドラフトやトレードで辣腕をふるい、「球界の寝業師」の異名をとった。1999年 4月30日、心筋梗塞により72歳で死去した。

芥田武夫…1903年10月20日、兵庫県生まれ。姫路中(現・姫路西高)から早稲田大へと進み、東京六大学リーグで首位打者を獲得。その後、時事新報、朝日新聞の記者として活躍。52年に近鉄パールス(現・オリックスバファローズ)の監督に就任し、57年まで指揮を執った。その後、朝日放送の野球解説者、日刊スポーツで評論家を務め、67年に近鉄の球団社長に就任し、大学の後輩である三原脩を監督に招聘した。87年に死去し、88年に野球殿堂入りを果たした。

関根潤三…1926年12月25日、東京都生まれ。日大三中(現・日大三高)から法政大に進み、50年近鉄パールス(現・オリックス)に入団。53年に開 幕投手を務めるなど近鉄のエースとして活躍。その後、肩を痛め打者に転向。65年に巨人に移籍し、自身初のリーグ優勝、日本一を経験し、同年現役を引退。 投手での通算成績は244試合に登板し、65勝94敗。打者での通算成績は1137安打、59本塁打、424打点。

三原脩…1911年11月21日、香川県生まれ。戦前の34~38年まで巨人の選手として活躍し、その後、巨人、西鉄(現・西武)、大洋(現・横浜DeNA)、近鉄、ヤクルトの監督を務めた。選手の調子、ツキを見逃さない慧眼の持ち主で、周囲の予想を超える選手起用や戦術で数々の名勝負を演出し、“魔術師”“知将”の異名をとった。