2014.07.30

【根本陸夫伝】
広島を球団初のAクラスに導いた男

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki
  • photo by Nikkan sports

【人物紹介】

根本陸夫...1926年11月20日、茨城県生まれ。52年に近鉄に入団し、57年に現役を引退。引退後は同球団のスカウト、コーチとして活躍し、68年には広島の監督を務める。監督就任1年目に球団初のAクラス入りを果たすが、72年に成績不振により退団。その後、クラウンライター(のちの西武)、ダイエー(現・ソフトバンク)で監督、そして事実上GMとしてチームを強化。ドラフトやトレードで辣腕をふるい、「球界の寝業師」の異名をとった。1999年4月30日、心筋梗塞により72歳で死去した。

衣笠祥雄...1947年1月18日、京都府生まれ。65年に平安高から広島に入団。68年から一軍に定着し、75年にはチームの主力として初優勝に貢献。その後も広島の黄金期を支えた。また、2215試合連続出場の世界記録を持ち、国民栄誉賞も受賞。87年に現役を引退。通算成績は2543安打、504本塁打、1448打点。

長谷川良平...1930年3月25日、愛知県生まれ。半田商工学校(現・半田商業)から社会人野球を経て、50年に広島カープ設立とともにテスト生として入団。1年目に15勝を挙げると、以降8年連続2ケタ勝利をマーク。55年には30勝を挙げ最多勝に輝いた。63年に現役を引退。通算621試合に登板し、197勝203敗。

山内一弘...1932年5月1日、愛知県生まれ。社会人の川島紡績から52年に毎日オリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)に入団。右の強打者として知られ、首位打者1回(57年)、本塁打王2回(59年、60年)、打点王4回(54年、55年、60年、61年)を獲得した。63年オフに小山正明とのトレードで阪神へ移籍。67年に史上2人目となる2000本安打を達成した。68年に広島に移籍し、70年限りで現役を引退した。通算成績は2271安打、396本塁打、1286打点。

朝井茂治...1941年5月11日、静岡県生まれ。静岡商時代は夏の甲子園に出場し、高校日本代表の4番を務めた。60年に大阪タイガース(現・阪神タイガース)に入団。64年からサードのレギュラーを獲得。68年に広島に移籍し、70年に現役を引退した。通算成績は579安打、57本塁打、214打点。

小山正明...1934年7月28日、兵庫県生まれ。高砂高3年秋の52年に大阪タイガース(現・阪神タイガース)の入団テストを受け、打撃投手兼テスト生として入団。プロ入り後は抜群の制球力から"投げる精密機械"と呼ばれ、62年に27勝をマークし、沢村賞を獲得。64年に山内一弘との"世紀のトレード"で東京オリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)に移籍し、その年30勝を挙げ最多勝に輝いた。73年に大洋ホエールズ(現・横浜DeNAベイスターズ)に移籍し、その年限りで引退。通算856試合に登板し、320勝232敗。

野村克也...1935年6月29日、京都府生まれ。峰山高から54年にテスト生として南海に入団。入団3年目の1956年からレギュラーに定着すると、現役27年間にわたり球界を代表する捕手として活躍。歴代2位の通算657本塁打、戦後初の三冠王などその強打で数々の記録を打ち立て、不動の正捕手として南海の黄金時代を支えた。その後、ロッテ、西武でもプレイし、80年に現役を引退。引退後はヤクルトの監督として3度の日本一を経験。阪神、楽天でも監督を務めた。通算成績は2901安打、657本塁打、1988打点。

田淵幸一...1946年9月24日、東京都生まれ。法政一高から法政大を経て、68年ドラフト1位で阪神に入団。大型捕手として注目され、1年目からレギュラーを獲得。22本塁打を放ち、捕手として初めて新人王に輝いた。75年には43本塁打を放ち本塁打王のタイトルを獲得。78年オフ、トレードで西武に移籍。西武でも主砲として活躍し、82、83年は日本一に貢献。84年に現役を引退した。通算成績は1532安打、474本塁打、1135打点。

秋山幸二...1962年4月6日、熊本県生まれ。八代高から80年にドラフト外で西武に入団。2年目の82年にイースタンリーグの本塁打王を獲得。翌年から野球留学でアメリカに渡るなど英才教育を受ける。85年にレギュラーを獲得し、この年40本塁打をマーク。その後も西武の主軸として黄金期を支えた。94年にトレードでダイエー(現・ソフトバンク)に移籍。2000年に通算2000本安打を達成した。02年に現役を引退。通算成績は2157安打、437本塁打、1312打点。

石毛宏典...1956年9月22日、千葉県生まれ。市立銚子高から駒沢大に進み、プリンスホテルを経て、80年ドラフト1位で西武に入団。1年目からショートのレギュラーを獲得し、打率.311をマークして新人王に輝く。その後もチームリーダーとして西武黄金期を支える。95年にFA権を行使してダイエー(現・ソフトバンク)に移籍。96年に現役を引退した。通算成績は1833安打、236本塁打、847打点。

工藤公康...1963年5月5日、愛知県生まれ。名古屋電気高(現・愛工大名電)時代の3年夏に甲子園に出場し、2回戦の長崎西高戦で史上18人目のノーヒット・ノーランを達成。81年ドラフトで西武が6位で指名し入団。1年目から登板し、85年には最優秀防御率のタイトルを獲得。西武のエースとして一時代を築き、94年オフにFAでダイエー(現・ソフトバンク)に移籍。その後も巨人、横浜(現・横浜DeNA)でプレイし、2010年に西武に復帰。しかし、1年で戦力外通告を受け退団。西武退団後も現役続行を希望したが、獲得する球団は現れず、11年に引退を表明。通算635試合に登板し、224勝142敗3S。

山本一義...1938年7月22日、広島県生まれ。広島商から法政大を経て、61年に広島に入団。63年にレギュラーを獲得すると、チームの4番打者として活躍。タイトルこそなかったが、10年連続2ケタ本塁打をマークするなど、低迷期の広島を支えた。そして75年にチームの初優勝を見届け、現役を引退。通算成績は1308安打、171本塁打、655打点。

安仁屋宗八...1944年8月17日、沖縄県生まれ。沖縄高(現・沖縄尚学)から琉球煙草を経て、64年に広島に入団。沖縄県生まれ初のプロ野球選手として注目された。右の横手投げからシュート、スライダーを得意とし、68年には23勝を挙げた。74年オフにトレードで阪神に移籍し、75年に最優秀防御率のタイトルを獲得。79年オフに金銭トレードで広島に復帰し、81年に現役を引退。通算655試合に登板し、119勝124敗。

外木場義郎...1945年6月1日、鹿児島県生まれ。出水高から電電九州を経て65年に広島に入団。プロ2度目の先発(阪神戦)でノーヒット・ノーランを達成。68年には年間21勝を挙げ、9月14日の大洋戦では完全試合を達成した。さらに72年4月29日の巨人戦でもノーヒット・ノーランを成し遂げた。79年に現役を引退。通算445試合に登板し、131勝138敗。

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