「日本一の三塁コーチ」高代延博が阪神を変える

  • 高森勇旗(元横浜DeNAベイスターズ)●文 text by Takamori Yuki
  • 日刊スポーツ●写真 photo by Nikkan sports

 その後も、ひじの使い方、手首の使い方、指の使い方まで丁寧に説明をしてくれた。かれこれ1時間くらいは話しただろうか。その時間が決して長いと感じなかったのは、話が楽しかったことはもちろんだが、何より高代氏自身が楽しそうに話をしていたからだろう。自身の「内野守備走塁コーチ」という職業に自信と誇りを持ち、何より「好き」であるという気持ちが容易に感じることの出来る、そんな時間であった。

 しかし、そんな高代氏の表情が急に曇り、また視線が遠くに切り替わる。

「いい選手に育ってくれることはもちろん嬉しいよ。でも、モノにならんで辞めていったヤツらのこともすごく気になる。なんで上手にさせてあげられなかったんやろう、ってな」

 何人もの名プレイヤーを育て上げた一方で、一人前に育てることが出来ずに辞めていった選手のことを気にかける。これは簡単にできることではない。ひとりひとりの選手と心から向き合い、全力で指導してきたからこそ、悔しさや無念を共有できる。ましてや、長いコーチ生活の中で、育つことなく辞めていった選手の方がはるかに多いであろう。その選手たちを気にかけることができるというのは、22年を超えるコーチ生活の中で、一時も手を抜かずに駆け抜けてきた証だと言える。

 私のように、モノにならずに辞めていった選手からすれば、このようなコーチとともに現役生活を過ごしたならば、その付き合いは一生続いていくはずだ。高代氏が名コーチと呼ばれる所以は、数々の名選手を世に送り出したことばかりでなく、人として一生の付き合いが出来る人間であり続けているところにあるのではないか。その「愛」こそ、高代氏の真骨頂である。

「ランナーとランナーコーチは、嫁と姑みたいなもんよ。『そんなん分かっとるわい』と思われても、いつも同じことを言い続ける。それがオレの仕事やからね」

 昨シーズンの阪神は、順位こそ2位だったものの終盤に失速し、クライマックスシリーズのファーストステージでは広島に敗れるなど、不完全燃焼でシーズンを終えた。否が応でも今シーズンの巻き返しに期待がかかる。

 猛虎復活のカギはどこにあるのだろうか。

 阪神の本拠地である甲子園球場はホームランが出にくい。加えて、最近主流になっている人工芝ではなく、土のグラウンドである。ゆえに、伝統的となった堅い守りと機動力で、チームの歴史を紡いできた。現在も、鳥谷敬、西岡剛の二遊間は強力だが、そこに新たに高代氏のエッセンスが入ることによって阪神の守りはさらに強化されるであろう。

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