楽天スカウトが語る「松井裕樹が背番号1に込めた思い」 (2ページ目)

  • 中里浩章●文 text by Nakasato Hiroaki
  • photo by Nikkan sports

 スカウトの仕事とは難しいものである。全国各地の注目選手、あるいはダイヤの原石を冷静に分析し、評価を球団に報告する。だからと言って、意見がすべて採用されるわけではない。それらはあくまでも判断材料。ドラフト当日、ひとりの選手の指名順位が変わるだけで、球団の戦略は大きく変わっていく。いくら熱心に選手のもとへ足を運んでも、指名があるかどうかはスカウトでさえドラフト当日になってみないことには分からないのだ。それでも、選手にとっては一生を左右する出来事であり、球団にとってもプラスにならなければいけない。だからこそ、スカウトたちは熱心に球場へと通い詰める。

「近鉄のスカウト時代、日本通運の大塚晶文(現BCリーグ・信濃グランセローズ)のもとに1月から毎週通って、逆指名をいただいたときは本当に嬉しかったですね。でも今はクジ引きになるので、最後は運に任せるしかない。松井はどう考えても競合するし、現実としては厳しいだろうなと。だから、立花社長のガッツポーズが出たときはさすがにゾワッと鳥肌が立ちました」

 球団が松井の指名を決めたのは、ドラフト前日のことだ。即戦力ということであれば、他にも候補選手はいた。それでも後関氏には、「松井はプロでも一級品になる」という自信があったという。

 確信したのは夏の県大会前、春のセンバツ王者・浦和学院との練習試合を見た時だった。この試合、メディアでも大きく報道された通り、松井は18奪三振で1安打完封という完璧な投球を見せた。ネット裏で見ていた後関氏が注目したのは、松井が投げる球の軌道。スライダーやチェンジアップを見ると、腕の振りや途中までの軌道が直球と変わらず、打者が振りにいったところから変化する。打者が最も嫌がるのは球との距離が変わること、つまり緩急による時間差があることなのだという。

「投げた瞬間は、後ろで見ている僕たちまでも直球だと思ってしまう。そこから途中でスッと減速して変化していく。これが彼の一番の持ち味だし、高校生の時点でそういう武器があるのは強いなと。逆にそれがないと、プロの世界で一流にはなれません。田中将大のスプリットがなぜ通用するのかって、打者はみな直球だと思って振りにいくんです。『スプリットが来るだろう』と予測はしていても、いざ投げてくる球が直球に見えるから手を出してしまう。実際には手元で落ちるから、バットに当たらない。逆に、変化していく軌道が途中で見えたとしたら、プロの打者は打ちますよ」

 また松井は昨夏の時点で、直球とスライダーの組み立てをメインにしていた。それならば打者にある程度対応されてしまうことも想定されたのだが、最終学年になるとチェンジアップを習得。特に右打者からしたら、食い込んでくるスライダーを意識している中で、外へ流れながら落ちるチェンジアップを投げられた場合、「直球だ」と反応して振ってしまうだろう。ましてや、直球も140キロ台後半と力があるのだ。横幅も自在に使えるようになった松井について、後関氏は「春先よりも間違いなく良くなっている」と球団に報告した。

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