細山田武史「もう一度、人生を賭けてみる」 (3ページ目)

  • 高森勇旗●文 text by Takamori Yuki

 そんな中、細山田は異色だった。初めて受ける投手の1球目が、大きく外れてボールになると、首を横に振ってミットを指差し、何かを伝えようとしている。まるでシーズン中の試合のように、投手とコミュニケーションをとっているのだ。「ここは力むところじゃない。ミットをめがけて腕を振ってこい」という心の声が、私にも伝わってきた。いいボールが決まれば大きくうなずき、ミットを叩いて「そのボールだ!」と伝える。それだけにとどまらず、守っている野手にもポジショニングの指示を出していた。これには、指示を出された野手も思わず「オレ?」と驚きを隠せないほどだった。投手は次々に変わっていくが、細山田の献身的なリードは最後まで変わることはなかった。

 雨が降り出し、後半は場所が室内に変更になった。急造のマウンド、ネットで囲まれたフィールド、守備はつかない。打球の判定はそれぞれの見方にゆだねられる。そんな状況でも、細山田のプレイは変わらない。バッターが内野ゴロを打ったときに、思わず一塁にベースカバーに走ろうとしたときは、さすがに私も笑ってしまった。キャッチャーとしての仕事が、骨の随まで染み付いている証拠だ。

 私は、トライアウト終了後、「捕手としての生き様を見たような気がしたが、どういう気持ちでプレイしたのか?」と聞くと、次のような答えが返ってきた。

「特別なことはないよ。普段通り、キャッチャーとして何をすべきかを考えていた。それだけ。トライアウトなんだから、絶対ピッチャーの方が不安でしょ? だからオレは、わざとたくさんコミュニケーションをとり、大きくジェスチャーしたりして、とにかく安心してもらうことをまず考えた。ひとりじゃないよっていうメッセージを伝えたかった。どんなときも、ピッチャーをマウンドでひとりにしてはいけない。それは、シーズンでも、トライアウトでも一緒。やることは変わらない」

 その言葉を聞いて、ふと、広島の前田智徳の引退試合を思い出した。試合後、ある記者が、「2年ぶりに守備についた時の感想を聞かせてください」と聞くと、前田はこう答えた。

「やること、考えることは一緒。風を見て、照明の明るさを確認して、芝の状態をチェックして、ピッチャーを見て、バッターのスイングから打球を予測して守る。それだけです」

 何か記事にできそうな言葉を発してくれないかと待っていた記者たちの空気を切り裂くように出てきたのは、当然ともいうべき「プロとしての仕事」だった。前田と細山田。ふたりの実績は決して比べられるものではない。しかし、仕事に対するプロフェッショナルな考えは共通しているように思えた。これぞプロ。ふたりの無機質な言葉に、私は深く感銘を受けた。

 そして細山田にこんな質問をしてみた。

「捕手としては考えていないが、ウチのチームに来てくれと言われたら、どうしますか?」

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