2013.11.02

嗚呼、ベイスターズを出て幸せになった男たちがいっぱい

  • 石塚隆●文 text by Ishizuka Takashi
  • 益田佑一●写真 photo by Masuda Yuichi

 その筆頭が、来季の中日の監督に就任した谷繁元信だろう。谷繁はベイスターズ時代の1998年に正捕手として日本一を経験しているが、2002年にFAで中日へ移籍すると、リーグ優勝4回、日本一1回に貢献し、名実ともに日本球界ナンバーワン捕手となった。

 中日とベイスターズには不思議な縁があり、多くの選手がベイスターズから中日に移籍し、勝利の美酒を味わっている。例えば、谷繁とともに98年の日本一メンバーだった佐伯貴弘は、2010年オフに戦力外通告を受けたが、拾われる形で中日に移籍。13年ぶりにリーグ優勝を経験した。結局、1年で退団となったが、来季の中日二軍監督に就任した。

 また、今シーズン限りでユニフォームを脱いだ小池正晃は、2008年のシーズン途中にトレードで中日に移籍すると、2012年に横浜に復帰するまで2度、日本シリーズを経験した。2011年のソフトバンクとの日本シリーズでは、第1戦に馬原孝浩(現オリックス)から決勝本塁打を放つなど活躍した。

 さらに、横浜で2年連続本塁打王になったタイロン・ウッズも2005年に中日に移籍し、2006年には本塁打王を獲得。2007年にも35本塁打を放つなど、チームの53年ぶりの日本一に貢献した。

 1998年の日本一以来、低迷にあえぐベイスターズにあって、「チャンスがあれば勝てるチームに行きたい」と思うのは、当然の心理だろう。2010年オフにFAでソフトバンクに移籍した内川聖一もそのひとりだ。

 ソフトバンク移籍1年目の2011年、内川は史上2人目となる両リーグでの首位打者に輝くなど獅子奮迅の活躍で交流戦優勝と日本一に貢献。パ・リーグの最優秀選手にも選ばれた。当時、内川はこのように語っていた。

「横浜ではずっと最下位だった。勝っても負けても状況が変わらないという中で、毎日の刺激というものは残念ながら得られなかった。でも、今は自分のワンプレイが勝敗に直結することがある。3時間の試合が以前よりかなり短く感じるので、集中できているんだと思います」

 また、多村仁志も2007年にトレードで横浜からソフトバンクに移籍した。2010年には打率.324、27本塁打、89打点でチーム三冠王になり、リーグ優勝の立役者となった。