56号狂想曲、もうひとつの物語。その時、川端慎吾は......!? (2ページ目)

  • 島村誠也●文 text by Shimamura Seiya

 実際に観客席からは「三振でもいいぞ」「打ち上げろよ」「振らなくていいぞ」という声が聞こえてきた。ファンの心は川端の打席を通り越して、バレンティンの満塁本塁打での新記録を思い描いていたに違いない。

「振り返ってみると、つなごう、つなごう、必ずランナーに出て一塁を埋めなきゃという気持ちで打席に立っていました。特にあの場面では完全に消極的になってしまって......。ココに回せなかったらどうしよう。ゲッツーになってしまったらどうしようって」

 カウント3-1からの5球目だった。打球がセカンドへ転がった瞬間に球場が「あ~あ!」という大きな溜息に包まれた。4-6-3のダブルプレイ。

「最悪の結果でしたね」

 迎えた9月15日。この試合、川端の打順は2番。1回裏、先頭の山田哲人が出塁すると川端は犠牲バント。3番の飯原誉士が二塁打を放ち、そしてバレンティンがバックスクリーン左へ突き刺した56号本塁打!

「(新記録は)そんなに簡単に見られるもんじゃないんで、球場の興奮にも凄いというかビックリしました。できれば、ベンチで見るよりもランナーに出て目撃したかったですね。ココは僕がランナーにいるときにホームランをよく打ったので、その方がもっと時間を共有できたと思うんです」

―― 最近の球場の雰囲気はどうですか?

「『ココまで回せ!』みたいな、お客さんの『ワーッ』っていうすごいのはなくなりましたね。そういうのを見ると、『あぁ、達成したんだ』って思いますね」

―― 最後に、どうしても聞きたいことがあります。56号が達成された9月15日、ヤクルトの2回表の守備のことです。ベンチからはまずバレンティン選手がレフトの守備位置へゆっくりと歩き出しました。球場は総立ちで拍手と歓声の嵐。ホームベースを過ぎても、フィールドにはバレンティンだけで、ベンチを見ると他の選手たちはあえて守備につくのを遅らせているようでした。広いフィールドにはバレンティン選手ひとり。粋な演出に感動しました。ところが、バレンティン選手がピッチャーマウンドを通り過ぎた時です、サードに川端選手がポツンと立っていました。「やっちまったな」とその時に私は苦笑いしてしまいました。

「そうなんですか。そんな状態だったんですか。全然、知らなかったです。えー、そうだったんですか。全然、知らなかったです。覚えてないですね。自分は攻撃が終わったらすぐに守備位置に走るんで。でも5回のアレじゃないですか」

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