ヤクルトファンの祈り。「バレンティンよ、55本を超えてくれ!」 (3ページ目)

  • 島村誠也●文 text by Shimamura Seiya
  • photo by Nikkan sports

 フィールドではヤクルトの選手が試合前のストレッチを開始。バレンティンは多くの選手に声をかけたりかけられたりで、彼を中心に輪ができているようにも見えるのだった。球場には女性も多く、斉木さん(19)はバレンティンのユニフォームを着て練習を見守っていた。正直に書けば、バレンティンの名前の入ったアイテムを身につけているファンを見つけることは困難でこれは意外なことだった。

「私も少ないと思ってたんですよ。バレンティン、格好いいのに」

―― 野球観戦歴はまだ2カ月の新人のようですが、なぜバレンティンのファンに?

「初めての試合で、ネクストバッターズサークルのバレンティンに『ガンバッテネ』って声をかけたら、その打席でホームランを打って、ベンチへ戻ってくるときに手を振ってくれたんですよ。覚えていてくれて、嬉しくなって」

―― バレンティンがホームランの年間記録を更新しそうですね。

「野球は詳しくないけど、ニュースでちょくちょくやっているので知ってます。王さんが記録を持っていることは知らなかったです。王さんの偉大な記録を破っちゃいけないなんて意見があるんですか。いいじゃん打ったって。バレンティンがかわいそう。ぜひ56本の記録を作ってほしい」

 試合がはじまると、まずはバレンティンが打席に立ったときの観客の反応に拍子抜けした。大記録に挑戦する現場とは思えない通常運転。しかし、2打席目にバレンティンが49号を放つと観客の心に火がついたようだ。3打席目には明らかなボール球にはブーイングが自然発生。3ボール目には球場が大きなブーイングに包まれた。迎えた4打席目の50号本塁打にはあらゆる場所から「超ヤバイよ」などの歓声が!

「56本が近づいてきたら、球場に王さんを呼んでほしいね。呼べば来てくれるもん。断るわけないよ。チームが最下位だって、記念のセレモニーがあったら『悪いシーズンじゃなかったな』って思えるじゃん」(前出・一野瀬さん)

 1998年9月8日、マーク・マグワイア(当時・カージナルス)が62号本塁打のメジャー年間本塁打の新記録を達成した瞬間は今も忘れられない。球場が真っ白になるほどのカメラのフラッシュ。マグワイアらしくない低い弾道の本塁打。そして、球場に招待された(61号の記録保持者)ロジャー・マリス一家と、マグワイアの感動的な抱擁シーン。すぐに売店に並んだ記念グッズ。

「これが歴史を語り継ぐということなのだな」と、その時に実感したのだった。

 昭和の大記録を破る。そのことで昭和の偉大な打者も再びよみがえる。時を越えてふたりの打者が交差したその場面を我々が次の世代へ語り継ぐ。外国人のどこに問題があるのだろうか。バレンティンの記録に挑む日本人選手の出現を待てばいいだけの話だ。私は願う。「勝負してくれ、打ってくれ」と。

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