吉井理人×田口壮「楽天・田中将大はココが変わった」 (4ページ目)

  • 石塚隆●文 text by Ishizuka Takashi
  • 益田佑一、甲斐啓二郎●写真 photo by Masuda Yuichi、Kai Keijiro

―― さて、今年は交流戦でパ・リーグが80勝、セ・リーグが60勝と圧倒的な差が出たわけですが、この差はどこから生まれたと思いますか?

吉井 これ考えたんだけど、よくわからないんですよね。強いていえば、セ・リーグの本拠地は狭いということぐらい……。

田口 実力としてはそんなに違わないと思うんですよ。たまたまそういう結果になっているだけのような気がします。

―― 昔から「人気のセ、実力のパ」なんて言われていましたけど。

田口 僕の個人的な思いですけど、セ・リーグと戦う時にはひがみ根性でやっていましたよ。「コイツらに負けるか!」って。

吉井 それはあった。阪神と対戦した時も、ミーティングで「タイガースの実力は、新聞報道の3分の1ぐらいやぞ!」なんて言ってましたからね。少なくとも首脳陣は、「人気のセ、実力のパ」と、今でも思っているはず。

田口 日本シリーズやオールスターになると全国放送になるので、やっぱり負けたくないって気持ちが強くなるんですよね。

吉井 ただ今の若い子たちは、そういう気持ちを持っているのかわからない。今度、聞いてみよう。ああ、そういえば思い出したけど、近鉄からヤクルトに移ったとき、成績を残したにも関わらず、契約更改で給料が上がらなかったんよ。すると球団の人が「近鉄におった時、野球以外の収入なんてほとんどなかったやろ。スワローズに来て副収入がどんだけあるんや!」と言ってきたんで、「それは違うでしょ!」ってえらい怒ってしまって。社長室のソファーをぶん投げたら壊れてしまった(笑)。

―― すごいですね(笑)。だけど、それは球団の上の人が言うことじゃないですよね。

吉井 確かにセ・リーグは“勝利投手になった”“ヒット打った”“盗塁した”で、いちいち副賞がもらえて給料を使わずに済むんやけど……。オレもまだ若かったから、ついついカーッとなってしまって(笑)。

―― 田口さんは、先程「ひがみ根性」とおっしゃっていましたが、セ・リーグに対する憧れはあったんですか?

田口 それはなかったですね。僕はもともと陽のあたる世界が好きじゃないのかもしれない。だからアメリカに行ってもナショナル・リーグだったんですよ。

吉井 「アメリカン・リーグの方が人気あるからな~」って、オレも3球団ナショナル・リーグやったぞ(笑)。

(つづく)


   吉井理人(よしい・まさと)
1965年4月20日、和歌山県出身。箕島高から84年にドラフト2位で近鉄に入団。近鉄時代は主にクローザーとして活躍し、88年に24セーブを挙げ最優秀救援投手に輝く。95年にヤクルトに移籍し、先発投手として3年連続2ケタをマーク。98年からメジャーに移籍し、メッツなど5年間メジャーでプレイし32勝を挙げた。その後、日本球界に復帰し、07年に現役を引退。08年から5年間、日本ハムの投手コーチを務めた。日米通算成績は121勝129敗62セーブ、防御率4.14。


   田口壮(たぐち・そう)
1969年7月2日生まれ 兵庫県出身。西宮北高から関西学院大に進み、91年にドラフト1位でオリックスに入団。3年目の外野転向を機に才能が開花し、イチローらとともに12球団屈指の外野陣を形成。95、96年のリーグ連覇(96年は日本一)に貢献した。02年からメジャーに移籍し、カージナルス、フィリーズで世界一を経験。10年に日本球界に復帰したのち、12年7月31日をもって現役引退を表明した。日米通算成績は1894試合に出場し、1601安打、592打点、89本塁打。

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