野球を辞めることも考えた斎藤佑樹が、今、戦っている「幻想」 (5ページ目)

  • 石田雄太●文 text by Ishida Yuta
  • photo by Nikkan sports

 キャンプの頃はよく夢も見た。

 右肩が痛くない。外に出てみて、キャッチボールをしても痛くない。よっしゃ、これで大丈夫だと思うと、目が覚める。右肩が痛いという現実は、依然として目の前に横たわっている。そんな毎日。斎藤を支えたのは、目指す方向が間違っていないという想いだけだった。

 だから――。

 プロのバッターに打たれた記憶を消したいわけではない。

 右肩の痛みが再発することを恐れているわけでもない。

 今の斎藤がもっとも恐れているのは、自分の進むべき道が間違っているのかもしれないと思ってしまうことだ。球速は、今の斎藤にそう思わせてしまう幻想のようなものなのかもしれない。斎藤は、こう言っている。

「チームの中で必要とされる存在でいたい。『斎藤が戻ってきたら、先発一人はOKね』と言われるようなピッチャーでいたいんです。圧倒的なピッチングではなく、大崩れしないフォームで、コンスタントに、内容のあるピッチングをして、シーズンが終わった時、『そういえば斎藤、前半はケガしてたんだっけ……気づいたら、いたね』みたいな感じの空気にできればいいなと……そのためには、“普通の25歳”になるってことかな(笑)。世間でいうところのカベとか、試練とか、挫折とか、そういうものを乗り越えたというのではなく、サラッとそこにいたいですね」

 もはや、球速は関係ない。

 たとえば、江川卓より遅いストレートで、西本聖は勝ち星を積み重ねた。

 槙原寛己のような150キロ台のストレートがなくても、桑田真澄はエースであり続けた。

 マックスが140キロでも、キレとコントロールで勝ってきたプロのピッチャーはいくらでもいるのだ。

 進もうとしている方向は間違っていない。もちろん、ケガをしたからではない。ピッチャーとしてより輝きを放つために、今のフォームを身につけることは必要なアプローチだったはずだ。ならば、球速に対する“先入観”は捨て去らなければならない。それができたとき、今の斎藤佑樹は間違いなく、次のステップに進む。

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