野球を辞めることも考えた斎藤佑樹が、今、戦っている「幻想」 (3ページ目)

  • 石田雄太●文 text by Ishida Yuta
  • photo by Nikkan sports

 斎藤は常々、パワーピッチャーでありたいと言い続けてきた。

 150キロのスピードにこだわり、大学時代にフォームを崩すという痛い失敗をした経験もある。

 だからこそ右肩を痛めた斎藤は、今まで抱いてきた“パワー”に対する先入観を取り払う必要に迫られた。ピッチャーは速い球を投げればいいというものではない。バッターを打ち取るのがピッチャーの仕事だ。150キロを投げられないピッチャーでも、バッターを圧倒するボールを投げているピッチャーはいくらでもいる。そう思い込まなければ、そう理解しなければ、活路を見出した今のフォームへの改造を受け入れることができないと思ったからだ。

 しかし、斎藤はまだ揺れている。

 スピードは関係ないと、断言できないでいる。

 6月22日の復帰初戦、斎藤は先発のマウンドに上がって、投球練習を終えた。その最後のボールを投げ終えて、センターの方を向いた時、斎藤は見るまいと誓っていたスコアボードの球速表示を思わず見てしまったのだという。

“128km/h”――。

 まだ練習だったとはいえ実戦復帰の初マウンドで、それなりに腕を振って投げたつもりの真っすぐがあり得ない球速を表示していて、斎藤は少なからずショックを受けた。「もう、絶対に見るもんかと思いましたよ」と苦笑いを浮かべて話していた。だから、それ以来、頑(かたく)なに球速表示は見ていない。

「見なくてもわかりますからね。だって、明らかに遅いじゃないですか(笑)。要は、今の自分がやりたいことをやろうとすると、まだ遅い球じゃなきゃ、できないんです。力を入れてパチンと投げれば球速は出ると思いますけど、それじゃ、やりたいことができない。高3の夏、決勝の再試合で初球、120キロ台の真っすぐで打ち取ったボールがあったんです。今はあのボールをイメージして投げてます。力を入れるんじゃなくて、バランスを大事にして投げる。あのボールが投げられるフォームで投げられるようになって、今の体の使い方ができれば、自然と球速は130キロ台の後半まで上がっていくと思っています」

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