【WBC】侍ジャパン2009「若きエースたちが見た松坂大輔」

  • 中村 計●取材・文 text by Nakamura Kei
  • photo by Taguchi Yukihito


瞬時にコースを変えた松坂の高度な投球術

 また、この試合、松坂には秘策があった。04年のアテネ五輪、06年のWBCで対戦したときもそうだったが、キューバの打者は何らかの方法で捕手がミットを構えている位置を事前に察知しているような傾向があった。そのため、もし捕手の城島が外に要求していても、打者が踏みこんでくる気配があったら、ボールを手放す瞬間に内側にコースを変更してもいいことにしていたのだ。もちろん、その逆もありだ。

 そのため逆球が目立ち、一見するとコントロールが乱れていたように映ったが、それも投球術のひとつだったのだ。8つ奪った三振のうち、最初の5つがいずれも見逃し三振だったという事実が、キューバの各打者が完全に裏をかかれていたことを示していた。

 最高水準のハート、そして投球術。そして何より、やってほしいときにやってくれる勝負強さ。このキューバ戦で、松坂は自分こそが日本のエースであることを実証してみせた。

「キューバ打線の特徴をうまく利用させてもらいました」

 努めて平静を装う松坂からは、3年前とは明らかに違う、メジャーで通算33勝を挙げた投手の貫禄が漂っていた。


WBCで成長した3人の若きエースたち

 続く韓国戦で先発したダルビッシュは、味方のまずい守備もあって初回に3点を失う。だが、その後の4回は6三振を奪うなど、ほぼ完璧なピッチングを見せた。

「調整が十分でない中、松坂さんはキューバ戦で、あれだけの結果を出してくれた。それで僕も勇気をもらいましたからね」

 意気に感じていたのは、ダルビッシュだけではない。7回1イニングを任された涌井は三者凡退に抑え、8回2死から登板した田中も、打者ひとりを見逃し三振に切って取った。この日、3人の投げたボールは、いつもより気持ちがこもっているように見えた。

 松坂の今大会最後となった3度目の登板は、準決勝のアメリカ戦だった。先頭打者にホームランを打たれるなど、5回を投げ2失点。キューバ戦ほどの冴(さ)えはなかったものの、第2ラウンドに続いて、最も重圧のかかるトーナメント初戦でなんとかゲームをつくった。

 そして、7回には田中、最終回を締めくくったのはダルビッシュと、“愛弟子(まなでし)”たちが継いでいった。松坂はそんな彼らを、「見ていて頼もしかった」と目を細めていた。

 両投手ともに、1イニングで2三振を奪うパワーピッチングを披露。特に圧巻だったのはダルビッシュだ。最後の打者を真ん中低めの速球で見逃し三振に切って取ると、拳を握りしめ、腹の底から雄叫びを上げた。

 そのとき、電光掲示板には「100マイル(161キロ)」という驚愕の球速が浮かび上がっていた。

 249球――。これは松坂が今大会で投じた全球数だ。その1球1球に、エースとはどうあるべきかという後輩たちへの無言のメッセージが込められていたに違いない。打ち取った球にも、打たれた球にも。そこには、松坂のすべてが詰まっていたはずだ。

 真のエースというものは突然誕生するものではない。エースになりうる資質を持って生まれた人が、エースになるための努力をして、初めてエースになれる。

 松坂の249球を、若い3人がどう受け止めたのか。その答えが出るのは、もう少し先のことだ。

『Sportiva増刊 WBC2009総集編』(2009年3月28日発売)より転載

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