【WBC】今の前田健太は「日の丸」のために無理をすべきではない (3ページ目)

  • 石田雄太●文 text by Ishida Yuta
  • 小内慎司●写真 photo by Kouchi Shinji

 それは、昨シーズンの最後のピッチングを思い出したからだ。

 2012年10月8日、横浜スタジアムで行なわれたベイスターズとの一戦。石井琢朗の引退試合も兼ねていたこの試合に先発した前田は、9回を投げて7本のヒットを打たれ、珍しく4個ものフォアボールを与えながら、1点に抑える巧みなピッチングを披露。140球を費やす完投で、14勝目をマークした。

 この試合、カッコいいからと振りかぶって投げることにこだわる前田が、立ち上がりからセットポジションで投げていたことが気になった。そこで本人に聞いてみると、前田はこう言っていた。

「内転筋を痛めていたので、セットにして投げてみたんです。振りかぶって勢いをつけてしまうと足に負担がかかる。それが怖かったので、セットでゆっくり投げたんですけど、意外と試合は作れるものだなと思いました。体の調子が悪い時には、セットにしてあまり勢いをつけず、リリースの時だけピュッと力を入れて投げればいいのかなと気づいたんです。もちろん自分で納得のいく球は全然行きませんけど、ゼロに抑えることはできるかなと感じました。ただ、下半身を使わずに上だけで投げるわけですから、肩とヒジにすごく負担がかかります。できればそういうことはやりたくないんですけど、琢朗さんの引退試合でしたから、どうしても最後まで行きたかった。そうじゃなかったら途中で降りてたと思います」

 尊敬する石井琢朗の最後の舞台に、自分のピッチングで華を添えたい。そのためにこういう無理をするのが、前田健太という男だ。そして、前田はそれだけの引き出しを持っている。内転筋が痛いのに下半身を使わずに試合を作ることができるのだから、WBCで肩が痛くても、それなりの投げ方をすればゼロに抑えることもできると思っているのかもしれない。実際、この強化試合では日本代表の打線を2イニングスとはいえゼロに抑えたのだし、痛みの出にくい投げ方を探しながら試合を作るのは前田のテクニックだと言われれば、それはそうなのだろう。かつて、前田がこんな話をしていたことがある。

「僕のいいときというのは、軽く投げてもすごくいい真っすぐが行きます。ブルペンで最初、軽めに投げたときにボールがピュッとキレていく感じがするんです。でも、調子がいいと思う日はほとんどありません。ほとんどは何も思わないか、ちょっと悪いかなと思うくらい。何も思わないのがだいたいですね。普通だなっていうか……僕、ブルペンで悪くても意識しないんです。悪くても何とも思いません。マウンドに行けば、悪いなりになんとかできちゃいますから、試合は作れます。昔は悪いと何とかしなきゃと思いましたけど、今は何とかしなきゃと思わない。悪くても、普通のピッチングをすればいいと思えるからです」

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