筒香嘉智が激白「どんなに厳しい状況でも日本に帰りたいと思ったことは一度もない」 (2ページ目)

  • 中島大輔●文 text by Nakajima Daisuke
  • photo by AP/AFLO

── マイナーを経験し、アメリカ野球の厳しさをより実感しましたか。

「そうですね。マイナーでは最短の場合、トレードで来て次の日にはもうチームにいない選手もいました。戦力外を受ける選手は2週間に1人か2人、必ずいましたし。日本ではあり得ないような環境でした」

── 移動は格安航空で3、4時間の遅延は当たり前。食事はパンとハム、ピーナッツバターが用意されるくらいで、取り合いだったとか。よりハングリーになった部分はありましたか。

「これまでに経験したことがない環境で野球をしたので、自分が強くなったと感じる部分は多々ありますね」

── 2015年オフにドミニカ共和国のウインターリーグでプレーしましたが、中南米と同じようなハングリーさを思い出しましたか。

「いや、アメリカの場合、ハングリーという感覚は選手たちにない気がします。もちろん、みんなハングリーですし、それが当たり前のように存在しているという感覚ですね」

【進化している感覚はある】

── パイレーツに移籍して、結果が出た理由はどこにあったと思いますか。

「改善という点で言うと、バッティングが自分の感覚に限りなく近い状態に戻りました。ドジャースにいる時に、そこにプラスアルファが乗っかったので、ピッツバーグではああいう結果が出たのかなと思っています」

── ドジャースに移籍した当初、「最初に日本のスイングに戻しつつ、何かプラスアルファをつくっていこう」と伝えられたそうですね。手首を返さないで打つとか、フリスビーを投げるとか、独特な打撃ドリルに取り組んだと話していましたが、球団に言われたことを信じて取り組んだ結果、よくなっていったのですか。

「本来やりたいことと、自分自身の感覚がすごく一致したことはありました。だから、あらためて信じるとか、疑うとか、そういうことはありませんでした。ドジャースに加入して、ありのままの自分でやっていたという感じです」

── 5月中旬にドジャースへ移籍する少し前、筒香選手がトレーニングなどで師事している矢田修先生に話を聞く機会があり、「お尻の位置が低くなっている」と話していました。

「その感覚はすごくありましたね。矢田先生とも連絡を取らせていただきましたが、レイズの時は本当に自分の感覚とはかけ離れているような状態で打席に立っていました」

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