マリナーズ元スカウトが見た衝撃。「イチローはすべて揃っていた」 (2ページ目)

  • ブラッド・レフトン●文 text by Brad Lefton
  • photo by Kyodo News

「私は、二軍にとてもいい選手がいるというのを聞きました。その話を耳にした時、その選手は何試合か連続でヒットを打っていました。急激な成長を遂げるその選手を見に行かなくては、という衝動に駆られるようになりました」

 現場に行くと、コルボーンのイチローへの関心の度合いが、より大きなものになっていった。

「彼のバッティングをひと目見れば、人並み外れたバットコントロールと優れた流し打ちの技術の持ち主であることは明らかでした。それに、イチローはある試合で相手の執拗な内角攻めに対し、見事にライトへホームランを打ったんです。彼が前でとらえた強い打球は、かなりの飛距離が出ていました。

 そればかりかイチローは、その後の打席でも、まったく同じ要領でまたしてもライトへホームランを打ってみせたのです。その瞬間、私は心の中でいろんな想像が膨らみ、『この選手は内角の球に対してバットのヘッドを前に出し、引っ張ることができる上、流し打ちもできる。すべての要素が揃った、なんてすばらしい選手なんだ』と感激しました。

 彼が私の目の前でやってのけたことは、ロッド・カルーやジョージ・ブレッドのようなタイプの打者を彷彿させるほど、数少ない本当のプロのみが持つ、高い技術を要するものでした」

 コルボーンは、その日見た信じがたい光景を再度思い返しながら、首を振りつつ語り続けた。

「それを蝶の変態に例えるなら、蛹(さなぎ)になった段階。イチローがのちにすばらしいバッターへと進化を遂げる前兆であったのです」

 コルボーンは93年のシーズン後、アメリカに帰国して、97年シーズンにマリナーズに所属するまで、マイナーで監督を務めていた。その間、コルボーンは、日本で甚(はなは)だしく変化を遂げていく"蝶"を常に見つめていた。

 イチローは冬場、自主トレを南カリフォルニアでするようになり、近くに住んでいたコルボーンは、彼のためにノックや打撃投手をするようになった。コルボーンには、コーチとしてイチローの上達を手助けしたいという思いと、マリナーズのスカウトとしてなんとかイチローの意識をシアトルに向けさせたい、という2つの思いがあった。

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