イチロー、日米通算4368安打へ。「次の1本への執念」は変わらない (2ページ目)

  • 小西慶三●文 text by Konishi Keizo
  • 小池義弘●写真 photo by Koike Yoshihiro

 称賛が欲しかったのではない。すべての人が「なぜ首位打者を獲れなかったのか」と問うているのではないこともわかっていた。しかし苛立ちとも戸惑いともつかない思いが募り、本音となってあふれ出たのではないか。囲み取材の数時間前、デトロイト郊外で遅い昼食をともにした時のことだ。いつものチーズピザとコーラを前にイチローは珍しく強い口調になった。

「去年208本打って『何でもっと打てなかったの』と思われているのに、なぜ今度は500本に意味を求めようとするのですか。そこに矛盾はないですか。みんなが思っているように僕も思えばいいんですか」

 オリックス時代の中盤以降、数字を積み重ねるたびに周囲は驚かなくなっていった。2000年オフ、ポスティング制度でのメジャー挑戦は、当時の日本にまん延していた「イチローなら何をやっても驚かない」というマンネリ感を断ち切りたい思いもあったはずだ。だが海を渡った後も、その空気は彼を追いかけてきた。メジャー通算500安打は、新天地アメリカでも日本時代と同じ状況が訪れたことを思い知る節目だったのかもしれない。試合後会見でのつれない態度は彼なりのささやかな抵抗だったのだろう。

【2009年9月7日@エンゼルスタジアム】

 エンゼルスタジアムの一塁ベンチ裏で、イチローの生スイングを目撃した。2009年9月7日、遠征先アナハイムでの休日に彼がひとりで体を動かしていた時のことだ。午前11時過ぎ、時間にして約50分。誰もいない外野を気持ちよさそうに走り、キャッチボール、室内ケージでのティー打撃へと移っていく。締めは素振りだ。静寂を切り裂くスイング音に圧倒され、ただ息をのんで見守った。

 イチローが右足を軽く上げ、柔らかくフロアに降ろす。試合が行なわれない日のスタジアムは静かで、それこそ小さな縫い針が落ちる音でも感知できそうだ。しかしそんな静けさでも目前の、右足の着地音は全然聞こえてこない。そしてピリッと鋭く空気を切る音だけが耳に刺さる。彼が突然小さくうなずき、素振りは終わった。

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