錦織圭の偉業を称えたイチローの特別な思い (2ページ目)

  • 笹田幸嗣●文 text by Sasada Koji
  • photo by Getty Images

 錦織が全米オープンで準決勝進出を果たした際、日本人としては熊谷一弥(くまがい・いちや)氏以来「96年ぶりの快挙」という文字が並んだ。今回の錦織の活躍によって、忘れ去られていた偉大な先人にスポットライトが当たった瞬間だった。

 資料によれば、熊谷氏は1918年の全米オープンだけでなく、1920年のアントワープ五輪でも銀メダルを獲得し、日本人で初めてオリンピックのメダルを獲得したアスリートと記されてある。この現代に忘れ去られていた歴史を、錦織が思い出させたのである。実はイチローも、2004年にまったく同じことを体現している。

 この年、イチローはジョージ・シスラーが1920年に打ち立てたシーズン257安打の記録を84年ぶりに打ち破った。そのことによって、これまで忘れられていた孤高のヒットメーカーだったシスラーの偉業を世間に知らしめたのだ。

 シーズン最多安打を放ったシスラーは、同時に打率.407で首位打者にも輝いたのだが、不幸なことにこの年は、ベーブ・ルースがシーズン54本塁打のメジャー記録を樹立したメモリアルイヤーだった。全米中がルースの"本塁打狂想曲"に沸く中、シスラーの大記録は陰に隠れてしまった。

 だが、イチローが歴史を塗り替えたことで、その偉業は現代に蘇(よみがえ)った。スポーツ界に起こる歴史的回顧は、現代の選手による先人への恩返し。歴史を塗り替えた選手だけに許される特権だろう。

 イチローは84年ぶりにレジェンドの偉業を称え、錦織は96年ぶりに先駆者へ謝辞を送った。語り継ぐことはメディアの使命であるが、アスリートが残した歴史的パフォーマンスには遠く及ばない。錦織が残した快挙にイチローが添えた言葉には何とも深い味わいがあると感じた。

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