現役最後の日、記者を感動させた松井秀喜のひと言 (2ページ目)

  • 笹田幸嗣●文 text by Sasada Koji
  • photo by Getty Images

 米国人記者たちは連日のように「なぜ打てないのか?」と松井に迫った。それでも彼は、嫌な顔ひとつせず、ひとりひとり記者の目を見ながら誠実に質問に答えた。そうした姿勢が評価されたのか、シーズン終了後に野球記者協会から「グッド・ガイ賞」なるものを贈られた。当時、松井に「受賞の理由はどこにあると思うか?」と聞くと、次のような言葉が返ってきた。

「僕の話を聞いた人が何を感じるのかはわかりませんが、敬意を払うということは大切だと思っています。チームメイトや関係者はもちろん、記者やファンも同じ。相手を敬(うやま)い、尊重する心を持つ。それは常に心がけてきたつもりです。もし、それを評価していただいたのであれば、とても嬉しいことですね」

 ヤンキース移籍後も、巨人時代同様に豪快な本塁打でチームを牽引することを期待した愚生が、"ドアスイング""外角が打てない"と散々書いても、決して怒ることはなかった。そればかりか、「日本と同じように打てないのは事実だから」と笑い飛ばしてくれた。

 そして忘れもしないのが、2012年7月22日のことだ。当時、レイズに在籍していた松井は、1点を追う9回二死一、二塁の勝ち越し機に代打で登場した。しかし、打率1割台に低迷していた松井はタンパのファンから容赦ないブーイングを浴びせられていた。結果はショートフライでゲームセット。この2日後、松井は戦力外通告を受け、事実上、これが現役最後の打席となった。

 試合後のクラブハウスは重苦しい空気が流れ、誰も松井に近寄ろうとしない。だが、愚生にとっては、この日がこの年初めて松井を取材した試合だった。すると彼の方から、「久しぶりだね。元気?」と声を掛けてくれた。久方ぶりの非礼を詫び、「元気ないね。頑張ってよ」と声を掛けると、「こんな状況で元気いっぱい振舞っていたら、それこそおかしいでしょう」と笑い、こう続けた。

「何か聞きたいことあるんじゃないの? 遠慮しなくていいよ」

 さすがに言葉は出なかったが、どんな時でも彼は取材する側を思いやってくれた。

 思い起こせば、現役時代の松井は試合に出ようが出まいが、いつも取材に応じてくれた。どんな質問にも記者の立場を否定することなく対応し、サインをはじめとするこちら側の多くのお願い事にも嫌な顔ひとつ応えてくれた。今にして思えば、松井秀喜の器の大きさにどれだけ甘えてきたのかを恥じるばかりだ。
 
 相手を敬う心、尊重する心を持つ松井の気持ちが、早くからニューヨークのファンに伝わった。だからこそ、ファンは今も変わらぬ拍手、声援を贈るのだ。ボンバーズの「5番、指名打者」として出場した松井だったが2打数無安打。それでも松井は今も変わらぬ温かい声援に幸せを感じとっていた。

2 / 2

関連記事

キーワード

このページのトップに戻る