メディアのいないところで、イチローは田中将大の一番近くにいる (2ページ目)

  • スポルティーバ●文 text by Sportiva
  • photo by AFLO

 イチローはそのまま愛称を使い、再びチームメイトとなった今、マー君ではなく、まさおと呼んでいた。これも、イチローらしい、新入りの田中を思いやり、リラックスさせるひとつの方法だった。この日以降、投手と野手が一緒にアップをする時、イチローは田中に歩み寄り、談笑している。ふたりの間に笑顔が広がる回数は多くなってきている。

 3月1日。田中がフロリダ州タンパのジョージ・M・スタインブレナーフィールドでオープン戦の初マウンドを迎えた試合だった。7番・ライトでイチローは先発出場し、先制のタイムリーを放った。エースのC.C.サバシアから2番手の黒田、3番手の田中がそれぞれ2回無失点に抑えるなどして、勝利。イチローはこの試合の勝利打点を挙げていた。今年は外野手の控えが有力視される中、放った意地の一打。でも、試合後の第一声はこうだった。

「今日は僕のことはいいんじゃないの。田中でしょう」

 多くの注目が集まる中で高い能力を見せつけた田中の方を取り上げてほしい、と訴えていた。ライトのポジションから見ていて「緊張感が伝わってきて、気持ちが良かった。リラックスして投げていたら、どついてやろうと思っていた(笑)。ああいう緊張感が伝わってくるというのはいいですよね」。好投してベンチに戻ってきた田中をハイタッチで出迎えたイチローは、自分のことのように喜んでいた。

 イチローは報道陣が知らない、田中の意外な横顔を明かしてくれた。

「(メディアの方は)リラックスしている田中しか見ていないと思うけれど、それは全然ないです。特に今日は違っていた。たたずまいとか、出ている空気とか」

 つまり、田中には日米のメディアの前では絶対に見せない顔があるのだ。7年総額1億5500万ドル(約161億円)という破格の条件で入団し、相当なプレッシャーの中で戦っている。クラブハウスの中ではアメリカメディアに対して嫌な顔ひとつせずにきちんと対応。日本人メディアの取材にも毎日応じている。しかし、クラブハウスの扉が閉まると、緊張や気疲れ、人には到底理解できない苦しみが自然と顔に出ているのだろう。

 日米通算4000安打を放った栄光の分だけ、イチローが経験してきた苦悩は計り知れない。プレッシャーに押しつぶされそうな時もあっただろう。だがイチローは、グラウンド上や報道陣の前では、いつもクールな表情を見せていた。結果がすべての世界だからだ。

 その道を辿ってきた者だからこそ見える田中の心の葛藤。田中にはすべてをわかってくれる偉大な理解者がチームにいる。これ以上、心強い味方はいない。クラブハウスのロッカーは一番遠くに位置しているが、イチローは誰よりも田中の近くにいる。

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